『フィトンチッド』。聞き慣れない言葉かもしれませんね。いったい何なのでしょうか? フィトンチッドとは一言で説明すれば『森林の香り』です。でも自然と触れる機会が 少なくなった現代では『森林の香り』と言われてもぴんとこないかもしれません。 もう少し具体的に言うと『木の香り』。こう説明すれば、みなさんは材木屋さんや 新築の木造住宅に漂う匂いやひのき風呂の香りを思い浮かべることでしょう。 そして「なんだ、難しそうな言い方をしているだけで、たかが木の香りじゃないか。」と 思われるかもしれません。 でもちょっとお待ちください。わざわざ『フィトンチッド』と呼ばれ、また最近その存在 が注目されている背景には、ちゃんとした理由があるのです。
森林や木には神秘的で不思議な力があります
樹木(植物)がフィトンチッドを作る理由は何でしょう ?
フィトンチッドは自己防衛のための秘密兵器 !
他の生物に攻撃的に作用するフィトンチッド
森林のなかでは木どうしが『おしゃべり』をしている !?
人に有益なフィトンチッド ! その効果とは ?
たとえば『森林浴』。ストレスをやわらげて、身も心もリフレッシュさせる森林浴の 爽快感は、みなさんもよくご存じですね?休日には都会の喧騒を逃れ、自然の緑を 求めてハイキングなどに出かける方も多いと思います。 緑にあふれた森林のなかに入って行くと爽やかな空気が広がり、しばらく歩いて いるとかすかな香りに気がつくと思います。 この森林浴効果をもたらす森林の香りの正体が『フィトンチッド』。森林の植物、 主に樹木が自分で作りだして発散する揮発性物質で、その主な成分はテルペン類 と呼ばれる有機化合物です。この揮散している状態のテルペン類を人間が浴びる ことを森林浴と言うわけです。 森林浴も最近では、日光浴や海水浴と並んで、わたしたちの暮らしのなかに しっかり定着したようです。健康づくりには欠かせない存在ですね。 フィトンチッドはからだをリフレッシュさせるだけではありません。抗菌、防虫、消臭 などのさまざまな働きがあり、フィトンチッドを上手に利用することによって、わたし たちの生活を健康的で豊かなものにしてくれます。 たかが木の香りとはあなどれません。森林や木には、神秘的で不思議な力が 隠されているからです。それは『森林の精気』と言い換えてもよいでしょう。
それでは、樹木は何のためにフィトンチッドを作りだすのでしょうか? 樹木が光合成を行うことは、みなさんよくご存じだと思います。樹木が生きていく ために必要な活動で、人間が食事を取ることと同じです。光合成は太陽の光エネ ルギーを利用して、炭酸ガスと水から炭水化物を作り酸素を放出します。さらに 樹木は二次的にフィトンチッドなどの成分を作りだすのです。 このフィトンチッドには、作りだした樹木自身を護るさまざまな働きがあります。 他の植物への成長阻害作用、昆虫や動物に葉や幹を食べられないための摂食 阻害作用、昆虫や微生物を忌避、誘因したり、病害菌に感染しないように殺虫、 殺菌を行ったりと実に多彩です。 土に根ざして生きる樹木は移動することができません。そのため外敵からの 攻撃や刺激を受けても避難できませんから、フィトンチッドを作りだし、それを発散 することで自らの身を護るわけです。 1930年頃、旧ソ連のB.P.トーキン博士は、この植物の不思議な力を発見し、 フィトン(植物が)チッド(殺す)と名づけました。
人間から微生物にいたるまで、生物というものは生存するためのさまざまな能力を 身につけています。フィトンチッドとは樹木にとって、自分を護るための秘密兵器と 言えるでしょう。まさに生命の神秘ですね。 こうした秘密兵器を持つからこそ、木は何百年も、いや何千年も生きることが可能 なのだと言えるでしょう。
フィトンチッドは、自己防衛のためだけではなく、攻撃手段でもあります。 およそ生き物は自らの勢力範囲(テリトリー)を広げようとします。それは植物も 同じです。セイタカアワダチソウが空き地に群落をなしている様子をよく見かけます。 これは他の植物に対して強力な成長阻害作用を持つ物質、すなわちフィトンチッドを 分泌して、自らの勢力を拡大した結果なのです。 しかし面白いことに、空き地一面を制覇したセイタカアワダチソウも数年も経つと、 ススキなどにとって替わられます。その理由は自らが分泌した物質で自家中毒を 起こすからだと言われています。 またコーヒーの木やニセアカシアの周りには雑草がほとんど生えないことをご存じ でしょうか。これはフィトンチッドが、他の樹木の発芽や成長を抑える働きをしている からに他なりません。 この他にも、カラマツやヒノキの林に苗木を植えるとその育ちが悪いことや、 リンゴ、ブドウ、桃などの果樹やナス、トマトなどの野菜には連作がきかないことが よく知られています。これもフィトンチッドが一因と考えられます。 このような現象は「忌地(いやち)」と呼ばれます。 こうした働きを持つフィトンチッドは、根から地中に分泌されたり、葉から空気中に 放出されて拡散されます。葉から揮散したものは、地上に落ちてから地中にしみ込 み、蓄積されて他の植物に影響を与えると考えられます。 森林のなかでは、このように激しい生存競争が展開されていますが、いつも喧嘩 ばかりしているわけではありません。お互いに助けあって、害虫などから身を護る こともあります。外部の敵に対して共同で戦うわけです。
フィトンチッドに摂食阻害作用があることはすでに説明しました。木は毛虫などに 襲われると、毛虫が嫌がる成分を葉に蓄えて食べられないようにするのですが、 そればかりではありません。隣の木にこのことを教えるのです。 まるで被害届けを出したり警戒警報を鳴らすようなものですね。すると隣の木も ちゃんと葉を毛虫の嫌がる成分に変質させるから不思議です。 このように、木どうしは警告物質を発散することによって『おしゃべり』をしている わけです。森林へ行って耳を澄ませば聞こえるでしょうか? こうしたコミュニケーションは広い意味で『アレロパシー(他感作用)』と呼ばれてい ます。そして『ケミカルコミュニケーション物質』とも言われる交流手段がフィトンチッド なのです。 フィトンチッドは、まるでわたしたちが使う電話や手紙のようですね。
さてフィトンチッドは他の生物に対して攻撃的に作用するわけですが、人体に対し ては有益で、わたしたちの生活に広く有用であることが経験的によく知られていま した。フィトンチッドをわたしたちの身近な暮らしのなかに取り入れることによって、 さまざまな効用が得られるのです。 フィトンチッドがもたらす効果は、大きく分けて次の3つが挙げられます。
リフレッシュ
森林浴の爽快感はどなたでもご存じだと思います。自律神経の 安定に効果的と言われ、肝機能を改善したり快適な睡眠をもた らすことも知られています。
消臭・脱臭
森林へ行くと、悪臭の原因となる動物の死骸や枯れた木などが あるにもかかわらず、爽やかな空気が広がっています。 森林には空気を浄化したり、悪臭を消す働きがあります。 こうした消臭作用は身近な生活臭に効果的です。
抗菌・防虫
食品への防腐、殺菌を始め、部屋や浴室のカビ、家ダニなどへ の防虫にも効果的です。 抗菌作用は、人体を蝕む病原菌にも有効です。人体に安全な 天然物質ですから、副作用の心配がなく穏やかに作用します。
<<ご注意>> 上記のように、フィトンチッドは、人体に対しては有益で、わたしたちの生活に広く 有用であるわけですが、植物が作り出す成分のなかには、『人体に有害なもの』も あります。たとえば、『毒キノコ』などはその一例です。また、有害成分でなくても、 その利用方法を誤って用いれば、当然ながら危険を伴います。 『植物成分』や『天然物』だからといって、すべて安全なわけではありません。