生活の智恵に見るフィトンチッド


 そもそも、森林や木に神秘的で不思議な力があることは昔からよく知られていま
した。そして日本人は、フィトンチッドの持つ効用を生活の智恵としてさまざまな形で
活用してきたのです。森林の恵みを、知らず知らずのうちに生活のなかに巧みに
取り入れてきたわけです。
 フィトンチッドってなんだろう?の項でフィトンチッドがもたらす効果について説明しま
したが、ここではそれが具体的にどんなふうに役だてられていたかを見てみましょう。





たべものの鮮度保持に欠かせないフィトンチッド


 輸送手段が発達した現代では、産地直送の新鮮な食材が、当たり前のように毎日
の食卓に並びます。また、食べきれなかった物は冷蔵庫に入れておけますし、冷凍
食品も多く出回っています。
 ところが、輸送手段も限られ、現在のように冷蔵庫や冷凍食品などが普及していな
い時代には、『たべものを保存すること』そのものが大変でした。
 魚介類や肉類を始め、食品はそのまま放置しておくと『酸化』されて腐敗します。
『酸化』とは、わたしたちの身の回りで絶えず起こっている現象です。それは食品に
限りません。たとえば、酸素と反応すると物が燃えたり、鉄が錆びたりする現象も
酸化です。
 食品は空気中の酸素と反応し、過酸化物ができて分解します。この現象が、たべ
ものの腐敗です。したがって、たべものを保存するには、酸化しないようにすること
が必要なわけです。
 こうした酸化を防止するために、フィトンチッドが利用されてきたのです。
フィトンチッドの働きが、たべものの鮮度保持には欠かせない存在だったからです。
 また、フィトンチッドは、食中毒の原因となるような細菌に対しても効果があります
から、たべものの保存ばかりか、たとえば『なまもの』を食べる際にも、さまざまな形
で利用されてきました。
 昔の人たちは、智恵を働かせて、いろいろな工夫を重ねてきたのです。


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お寿司屋さんを覗いてみれば…


 少し具体的な例を見るために、お寿司屋さんの暖簾をくぐってみましょう。
 お客様に握った寿司をのせる飯台には『ヒノキ』が使われています。ヒノキには
カンファー、α−ピネン、リモネン、カジノールなどテルペン類の成分が多く含まれて
おり、これらの相乗効果により抗菌作用が働きます。
 さて寿司ネタを入れたガラスケースのなかには『椹(サワラ)』の葉が置かれてい
ます。これは見栄えをよくするだけではありません。サワラに含まれている成分は
ピシフェリン酸で、この物質は強い酸化防止作用を持っています。
 お寿司を握るときには『ワサビ』をきかせますね。お刺し身を食べるときにも使い
ます。ワサビの香りには、アリルイソチオシアネートという舌を噛みそうな名前の成分
があり、強力な抗菌作用があります。
 お寿司を食べる合間には必ずといってよいほど『お茶』を飲むと思います。この
お茶には、カテキンという成分が含まれていて、この成分にも抗菌作用があります。
 もう一つお寿司を食べる合間に欠かせないのが『ショウガ』、通称ガリです。
ショウガにはゲラニルアセテートという成分があり、やはり抗菌作用が働いています。
 さらに最近では見かけなくなってきましたが、お土産のお寿司を包む際には
『経木(きょうぎ、スギやヒノキなどの木を紙のように薄く削ったもの)』が使われま
した。また、お寿司を並べた間に『ササの葉』の細工物や『シソの葉』などをあしら
い、見た目の美しさばかりか鮮度保持にも気を配ったわけです。


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食生活に欠かせないフィトンチッド


 お寿司屋さんをちょっと覗いて見ただけで、実に巧みな方法でなまものを安全に
食べる工夫がなされていることがわかります。
 木の葉はたべものの保存に数多く使われています。たとえば、桜餅や柏餅。
桜の葉は塩漬けにされることによって芳香が生まれます。そして、桜の葉には
クマリンという強い抗菌性を持った物質が含まれています。また、柏の葉にも
オイゲノールという抗菌性物質がやはり含まれているのです。
 この他にも例を挙げだすと、きりがありません。柿の葉寿司もそうですし、鱒寿司
や鮭寿司など押し寿司の類はたいてい木の葉で包まれています。
 日本酒の樽に杉材を用いるのは、木香(きが)をつけて独特の風合いとまろやか
な味を出すためだけでなく、防腐効果のためでもあるのです。
 香辛料もフィトンチッドの一種です。わたしたちが『スパイス』と呼んでいるもので、
コショウ、クローブ、ナツメグなど、今ではすっかりお馴染みになりましたね。これら
の香辛料には抗菌作用や酸化防止作用があるだけでなく、消化を助けたり、コレス
テロールを低下させる力があることもよく知られています。
 フィトンチッドはわたしたちの食生活に欠かせないものなのです。


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住まいに活かされているフィトンチッド


 フィトンチッドを暮らしに役だてる生活の智恵は、何もたべものだけには限りませ
ん。わたしたちの住まいにもちゃんと活かされているのです。
 『総ヒバ造りの家には3年間は蚊が入らない。』とよく言われます。家を建てるとき
に、こうしたヒバやヒノキ、スギなどの木材を使うのは、木が放出するフィトンチッドに
白アリ、ダニ、蚊、カビなどを寄せつけない成分があるからなのです。たとえば青森
ヒバにはヒノキチオールが多く含まれており、強い抗菌性が確認されています。
 また、家具に木が用いられるのも同じ理由からです。『クスノキ』は樟脳の原料に
なる木で、カンファーという防虫、防腐作用にすぐれた成分を含んでいます。クスノキ
で作ったタンスには防虫剤は要らないと言われるほどです。


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年中行事とフィトンチッド


 四季おりおりにさまざまな行事が行われます。
 ここでは端午の節句と冬至がフィトンチッドとどのように関わっているかを見て
みましょう。
 端午の節句の定番は『菖蒲湯』ですね。ショウブの葉を束にしたものをお湯に浮か
べます。ショウブの葉にはアサロンという芳香成分が含まれており、この香りには
鎮静効果があることが知られています。菖蒲湯につかることで疲労を回復し、精神
を安らかにしようというわけです。
 またセイヨウショウブの根茎には、胃の痛みをやわらげる成分が含まれていること
も知られています。
 冬至にはカボチャを食べてゆず湯に入るのが習わしです。冬場は生の野菜が不足
しがちです。寒くなると風邪をひいたり、関節などが痛んだりします。
 カボチャに含まれる黄色いカロチノイドは、体内に入るとビタミンAに姿を変えます。
ビタミンAは風邪の予防に効果的です。またゆず湯に入ると血行がよくなり、神経痛
などの痛みをやわらげる効果があるのです。


 このように、フィトンチッドは、わたしたちの暮らしに深く関わってきたのです。
それにしても昔の人たちの生活の智恵には素直に脱帽してしまいます。
 こうした長年の経験から培われた智恵が、近年になって、科学的な視点で見直
され、さまざまざ成果をもたらしていることは嬉しいかぎりです。


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