フィトンチッド応用講座 (3)

フィトンチッドのリフレッシュ作用


 フィトンチッドの働きのうち、ある意味でこれからますます注目されるのはこの
リフレッシュ作用かもしれません。『森林浴』の言葉自体やその爽快感について
は、いまさら説明する必要もないほど、わたしたちにとって身近なものになって
います。
 今後多くの科学的な裏づけがなされることによって、フィトンチッドはその活躍
の場をいっそう広げていくに違いありません。





『森林の香り』とは神聖なものだった?


 いきなり、お釈迦様が悟りをひらけたのはフィトンチッドのお陰です、と言ったら、
皆さんはびっくりするかもしれません。お釈迦様は菩提樹の下で悟りをひらかれた、
と言われています。また、修験者が山深い森林のなかで修行を積むこともよく知られ
ていることです。
 こうした宗教的な瞑想や信仰と『森林の精気』との間に、何らかの関係が存在する
のかもしれません。少し大袈裟でしょうか?


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『香り』と脳の働き


 わたしたちの脳は『左脳』と『右脳』とに分かれていて、左脳が論理的な思考を処理
し、右脳が情緒的な感情を処理する、と言われています。
 それでは『香り』とか『匂い』とかはどちらの脳で処理されるのでしょうか?
 皆さんが森林へ出かけて、その場で感じた気分を表現しようとしたら、おそらく
『爽やかな』とか『自然な』とかの言葉を使われると思います。
 『香り』だとか『森林の雰囲気』とかいったものは、言葉で表そうとしても、なかなか
難しいものです。非常に曖昧で感情に左右されやすい、とも言えるでしょう。ですから
香りなどを処理する脳は右脳だと考えられます。
 今これをお読みの皆さんの脳では、おそらく左脳が一生懸命働いていることでしょ
う。でも『森林の世界』に足を踏み入れているわけですから、ひょっとして右脳も働い
ているかもしれませんね。
 お坊さんたちが、『香』を焚きながら『お経』を唱える様子は、皆さんもよく見る光景
だと思います。お経を唱えるという単純作業は左脳の働きを低下させ、香を焚くこと
で右脳の働きを活発化させていると言えますから、これは脳の働きから考えても、
理に適った方法だとわかります。理屈っぽい左脳には休んでもらい、右脳を刺激する
ことで、仏様の教えを素直に受け入れるための態勢を作っていると言えるかもしれま
せん。
 このように見ていくと、『森林の香り』に触れることと宗教的な瞑想や信仰との間に
は、深い結びつきがあると考えてもよいでしょう。


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『香道』に見る、香りがからだに及ぼす影響


 わが国で香りが使われ始めたのは、飛鳥時代頃からと推定されています。
そして今に伝わる『香道』が盛んになったのは、鎌倉時代頃からと言われています。
香道とは、決まった作法にしたがって香木を焚き、その香りを鑑賞することです。
香道では『匂いを嗅ぐ』などと野暮な言い方はせずに、いかにも詩的に『香りを聞く』と
言います。鑑賞することが『聞香(もんこう)』です。
 香木に使われるものは、沈香(じんこう)と白檀(びゃくだん)です。東大寺の正倉院
に現存する『蘭奢侍(らんじゃたい)』はあまりにも有名ですが、これは沈香のなかで
も特に香りの良いもので『伽羅(きゃら)』と呼ばれています。
 沈香は、ジンチョウゲ科の沈香樹という木に含まれるテルペン類が微生物の働き
で樹脂化したものです。テルペン類がからだをリフレッシュさせる作用を持つことは
もうご存じですね。
 香道にもフィトンチッドの効用が巧みに取り入れられていたのです。
 何らかの精神的、心理的条件によって起こる病気を『心身症』と言いますが、この
治療に『香』が用いられることがあります。これは、『聞香療法』と呼ばれるもので、
心身症の症状をやわらげる効果があることが明らかにされています。
 さらに聞香療法によって、不安、緊張、不眠、神経過敏などの症状が改善すること
もわかってきたのです。
 たかが香りを『道』として究め、『文化』にまで育てあげた日本人。この豊かな感性
こそ、現代に生きるわたしたちに必要なものではないでしょうか。


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アロマテラピーとは?


 最近『アロマテラピー』という言葉をよく耳にされませんか?日本語に直せば『芳香
療法』。わが国の聞香療法の西洋版といったところでしょうか。
 アロマテラピーとは、植物精油(エッセンシャルオイル)を利用して美容や健康に役
だてようというものです。その療法は、調合した精油を使ってマッサージしたり、吸入
したり、内服したりと多彩です。近ごろでは、香りへの関心とともに静かなブームを
よんでいるようです。
 アロマテラピーで使われる精油は、何も特別なものではありません。わたしたちが
昔からその効能とともによく知っているものがたくさんあります。
 馴染みの深いものとその作用を簡単にまとめると次のようになります。

植物精油名
主な効用

イランイラン

血圧降下、抗うつ、鎮静

オレンジ

強壮、健胃、抗うつ、消化促進、鎮静

カモミール

強壮、健胃、抗うつ、消化促進、鎮静、利尿

ガーリック

強壮、去痰、血圧降下、利尿

クローブ

健胃、食欲増進

シダーウッド

強壮、去痰、収斂、鎮静、利尿

シナモン

健胃、止血、収斂

ジャスミン

抗うつ、止血、鎮静

セージ

強壮、収斂、制汗、食欲増進

タイム

強壮、去痰、利尿、食欲増進

バジル

強壮、去痰、健胃、抗うつ、発汗

ブラックペッパー

強壮、健胃、消化促進、利尿

ペパーミント

去痰、健胃、収斂、解熱、発汗

ユーカリ

去痰、消炎、解熱、利尿

ラベンダー

血圧降下、抗うつ、消炎、鎮静、利尿

ローズマリー

強壮、健胃、抗うつ、収斂、消化促進、発汗


 精油という形ではありませんが香辛料として家庭でよく使われるものも多いですね。
ハーブティーとして楽しんでいる方も多いと思います。
 身近な生活でのアロマテラピーといったところでしょうか。


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からだをリフレッシュさせる森林の香り


 たとえば森林浴がわたしたちのからだをリフレッシュさせてくれる秘密はどこにある
のでしょうか?
 ここまでお読みになった皆さんはもうおわかりですね?
 フィトンチッドの成分であるテルペン類には、わたしたちのからだに活力を与えてく
れるさまざまな働きがあるのです。
 木の香りの効能をいくつか挙げてみましょう。


木の香りの生理活性

成 分
働 き
その成分を含む植物

α-カジノール

虫歯予防

ヒノキ

カンファー

局所刺激、清涼

クスノキ

シトラール

血圧降下、抗ヒスタミン作用

バラ

チモール

去痰、殺菌

タチジャコウソウ

テレビン油

去痰、利尿作用

マツ類

ヒノキチオール

抗菌作用、養毛

ヒバ、タイワンヒノキ、ネズコ

ボルネオール

睡気覚まし

トドマツ、エゾマツ

メントール

鎮痛、清涼、局所刺激

ハッカ

リモネン

コレステロール系胆石溶解

みかん類果皮、ローソンヒノキ


*
『森林の不思議』 谷田貝 光克 著 (現代書林 1995年) より引用(転載)


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実験で証明されたフィトンチッドのリフレッシュ効果

 
 それでは、木の香りの効能を明らかにした、小学校5年生の国語の教科書にも
掲載されている、有名な実験をご紹介しましょう。
 ハツカネズミの飼育箱にエンピツジャクシンの木屑を敷きます。そしてハツカネズミ
に睡眠薬を注射し、睡眠時間を測定したのです。すると木屑を敷かなかった場合に
比べ、睡眠時間が短縮される結果が得られたのです。
 つまり、ハツカネズミがエンピツジャクシンの香りを嗅ぐことによって、睡眠薬を解毒
する肝臓の働きが活発化することがわかったのです。
 エンピツジャクシンの材からは『シダーウッド油』が採り出されます。植物精油とその
効用をまとめた上の表をご覧になるとわかるように、シダーウッド油には強壮作用が
あることが知られています。強壮作用とは、からだの機能を活発にする働きを言いま
す。つまり経験的に知られていた効能が、この実験によって科学的に裏づけられた
わけです。


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濃度によって異なるフィトンチッドの効果


 もう一つ、やはり有名な実験をご紹介しましょう。
 ハツカネズミを回転機能のついているケージ(かご)に入れて、あらかじめ無臭に
した部屋にこれを置きます。そしてヒノキ葉油の香りを部屋に漂わせ、ハツカネズミ
の運動量を調べるのです。運動量はハツカネズミが回転板を回す回数とします。
 香りの濃度は、0.003ppm、0.06ppm 、0.14ppm 、3.7ppmの4段階にして測定し、香り
を入れない場合の運動量を0として比較します。
 すると0.003ppm、0.06ppmではほぼ同じ位のプラス運動量を示しましたが、0.14ppm
では運動量が少し減り、3.7ppmでは無臭の時よりも運動量が減ってマイナスになった
のです。
 このことから、森林のなかのテルペン濃度に近い0.01ppm で運動量は最大となり、
濃すぎる香りはマイナスに働きストレスの原因となることが明らかになったのです。
 森林の香りは大変希薄ですが、わたしたちがからだを動かしたり、快適さを感じた
り、疲労を回復するためには、ちょうどよい濃度だったわけです。


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人間が感じる森林の香りの快適さ


 このようにフィトンチッドがもたらすリフレッシュ作用は、経験的に知られていること
が科学的な裏づけをされることで、次第に明らかになってきたわけです。
 森林の不思議な力には本当に驚かされますね。
 ここでご紹介した2つの実験はいずれもハツカネズミを使ったものでした。
フィトンチッドに限らず、多くの研究はこうした方法が用いられます。しかし、直接人間
に対しての作用を調べることもまた重要だと言えるでしょう。
 フィトンチッドが人間に及ぼす作用を調べることは、大変難しいことです。なぜなら
人間には『個人差』という厄介者がいるからです。
 『香り』のように目に見えないものは、主観的な感覚を頼りにするしかなく、快適さを
もたらしているかどうかの判断を難しくしてしまうのです。
 最近、この分野の研究が活発になされるようになり、多くの客観的データによって、
森林の香りの快適さが実証されるようになりました。


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快適感の測定方法


 人間の感覚には個人差がありますから、1つの指標だけで判断することはなかなか
難しいものです。そこでさまざまな角度から分析して、それを総合的に評価する方法
が確立されてきました。
 現在一般的なものを大別すると『心理反応』と『生理応答』に分けられます。
 心理反応は、官能評価や感情プロフィールテストなどで調べられます。
 生理応答には、瞳孔反射、心電図、血圧、発汗、末梢皮膚温、指尖脈波、脳波、
唾液中ストレスホルモン、作業能率などの指標があります。
 これらの指標の組み合わせによって快適感が測定されるのです。


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心理反応によって実証された森林の香りの快適感


 それではまず、心理反応を使った実験をご紹介しましょう。
 SD法と呼ばれる官能評価を用いて、19種類の精油に対する印象が調べられまし
た。その結果、タイワンヒノキ材油、ヒバ葉油、ヒノキ材油を嗅いだ時に自然感が強く
感じられ、カンファー、シトラールなどの成分では人工的な印象が持たれることが
わかったのです。またオレンジ果皮油やシトラールに『さわやか感』が強く感じられ、
逆に歯科の消毒に用いられるオイゲノールは、治療を連想させるためなのか、不快
に感じられていることが明らかになりました。
 さらに感情プロフィールテストによって、官能評価の際に自然感が強く感じられた
タイワンヒノキ材油を嗅ぐと緊張の度合いが減少し、不快に感じられたオイゲノール
の場合には緊張感が増すことがわかりました。
 同じように『疲労』についてもタイワンヒノキでは疲労の感覚が弱まり、オイゲノール
では逆に疲労感が増加することが認められたのです。
 『緊張』と『疲労』がストレスと密接な関係にあることはよく知られていることです。
タイワンヒノキ材油がこれらの感情を抑えていることから、森林の香りはストレスを
やわらげることが実証されたわけです。
 森林へ行くととてもリラックスした気分になり、疲労の回復に役だちますが、その
理由がこれでよくわかりますね。


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生理応答によって実証された森林の香りの快適感


 それでは次に、生理応答を使った実験をご紹介しましょう。
 心理反応の際に使われた精油のうち、典型的な反応が見られた、タイワンヒノキ
材油、オイゲノール、オレンジ果皮油を選び、温度25℃、湿度60%に設定された
人工気候室内で、これらの香りを嗅いだ時にどのような生理応答があるかが調べら
れたのです。
 その結果、心理反応で自然感を強く感じさせていたタイワンヒノキ材油を嗅いだと
きに血圧が低下し、不快感を強く感じさせたオイゲノールでは脈拍数が増加すること
がわかりました。また、文字消去テストによる作業能率では、タイワンヒノキ材油の
吸入時に最も高くなることが明らかになったのです。
 興奮や緊張をしている時は、血圧が上がり脈も速くなることはよく知られていること
です。そんな時には仕事や勉強の能率も上がりませんね。
 『目は口ほどに物を言う』と言われます。平静を装っていても目だけは正直に精神
状態を表すのです。その状態は『瞳孔』によってわかります。視覚的に性的興奮を
受けると(簡単に言えばヌードなどを見た時)、瞳孔が大きくなるのはその例です。
瞳孔を測定することで、交感神経や副交感神経の状態がわかります。緊張すると
活性化するのが交感神経で、鎮静効果をもたらすのが副交感神経と言われていま
す。瞳孔に光を当てるといったん小さくなり、その後もとの大きさに戻ります。この
変化の時間が長い時は交感神経が抑制され、副交感神経が活性化すると考えられ
ています。生理応答の実験では、タイワンヒノキ材油の吸入時にこの時間が増加し、
オイゲノールでは減少していることが示されています。
 脳波とは、脳細胞が出す電気のようなもので5種類ありますが、このうちリラックス
した状態の時に出されるのが『α波』です。同じくこの実験では、タイワンヒノキ材油
の吸入時にα波が増加し、オイゲノールでは減少していることが確認されています。
 このように、さまざまな生理応答を調べた結果、タイワンヒノキ材油が鎮静作用を
もたらすことがわかり、森林の香りによってリラックスできること、が実証されたわけ
です。


* 参考文献

  • ここで提供している情報は、当センター発行の小冊子『やさしいフィトンチッドの
    はなし』の第2章部分から抜粋して掲載しております。
    参考文献については、下記をご覧ください。
小冊子『やさしいフィトンチッドのはなし』の参考文献


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