フィトンチッド基礎講座 (1)

フィトンチッドが作られる仕組み



 樹木(植物)が光合成を行うことは、よくご存じだと思います。
 葉の気孔から二酸化炭素を取り入れ、根から水を吸い上げ、葉緑素の働きと太陽
の光エネルギーとを利用して、炭水化物(ブドウ糖)を作り、酸素を放出します。

 さらに、樹木はこのブドウ糖を元にして、二次的にさまざまな成分を作りだします。
そして、当然ながらこれらの成分は、樹木の生命を支えるためにとても重要な働きを
しているのです。

 たとえば樹体を形成するための成分として、セルロース、ヘミセルロース、リグニン
があり、これらは主要成分と呼ばれています。また、樹木自身の生理作用に関係す
るものとして、フィトンチッドなどの成分があり、こちらは微量成分(抽出成分)と呼ば
れています。この『主要』とか『微量』とかの分類は、樹体構成成分の比率によるもの
です。木材の化学組成において、主要成分は全体の90%以上を占めており、一方の
微量成分は全体の10%程度です。したがって、量的な比較で微量なのであって、その
重要度を意味するわけではありません。なくてはならない存在なのです。

 フィトンチッドが作られる仕組みをまとめたのが、以下のフロー・チャートです。


フィトンチッド生成メカニズム



 二次的に生産されるこれらの化学成分のうち、主要成分は、いずれの樹木にも含
まれておりその構成比率も樹種による差はほとんどありませんが、微量成分の種類
と含有量は、樹種によって大きく異なります。成分によっては、特定の樹木にしか含
まれないものもあります。

 たとえば『ヒノキチオール』は、ヒノキに含まれる成分と誤解されることが多いのです
が、日本のヒノキには含まれていません。タイワンヒノキ、青森ヒバ、能登ヒバなどに
含有されている成分です。同じヒノキ科でもこのような違いがあります。

 ちなみに上記の誤解はその発見と命名とに由来しています。ヒノキチオールを発見
して命名したのは、野副 鐵男氏(東北大学名誉教授、故人)です。同氏は、1926年
から1948年までの22年間にわたり、台湾総督府専売局、台湾総督府中央研究所、
台北帝国大学において、台湾産の動植物成分の研究に携わっており、その研究の
一つが『タイワンヒノキの精油成分の研究』だったのです。この研究成果は1936年の
日本化学会誌に発表されました。

 このように、微量成分としてのフィトンチッドは樹種により大きな差異が見られます。


【補足説明】

 
上記では、『ヒノキチオールは、日本のヒノキには含まれていない』としましたが、
 これについて若干の補足説明をします。
 ヒノキチオールは、上記のように、タイワンヒノキから最初に単離された物質です。
 その後、日本産ヒノキにも含有されているかどうか研究されましたが、現在までに
 その存在は明確に証明されていません。
 しかし、最近になって、『微量ではあるが含まれている』とした報告も出ています。
 たとえば、第50回日本木材学会大会において、岐阜県森林科学研究所の森氏、
 森林総合研究所の大平氏、同研究所の松井氏、の研究グループは、『ヒノキ材
 からのヒノキチオールの検出について』を発表しました。その中で、『ヒノキ材抽出
 物のTMS誘導体のGC/MS分析の結果、ヒノキチオール(β-ツヤプリシン)由来の
 ピークが検出され、さらに異性体であるα-及びγ-ツヤプリシン、類縁体である
 β-ドラブリンもあわせて検出された。』と報告しています。
 簡単には検出できないほどの微量ながら、今まで疑問視されてきたヒノキチオール
 存在の可能性が示唆されたわけです。
 これは、分析機器と分析技術のめざましい発達によって、従来は難しかった化学
 物質の検出が、容易に行えるようになってきたからだと思います。
 今後、実際にヒノキチオールが単離されれば、その存在が証明されることになり、
 上記の『ヒノキチオールは、日本のヒノキには含まれていない』は、現時点での話
 であって、近い将来訂正しなければならないかもしれません。


* 参考文献

  • 木材科学講座4 『化学』 城代 進、鮫島 一彦 (編) 海青社 1993年
  • 『非ベンゼン系芳香族化合物の基礎研究に生き抜いた野副鐵男教授』
    現代化学 321号 22〜24頁 東京化学同人 1997年
  • 『ヒノキ材からのヒノキチオールの検出について』
    森 孝博、大平 辰朗、松井 直之
    日本木材学会大会研究発表要旨集 50 410頁 日本木材学会 2000年


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