フィトンチッド基礎講座 (3)

生態系の鍵を握るフィトンチッド



 フィトンチッドってなんだろう?の項で、フィトンチッドのさまざまな働きについて説明
しました。フィトンチッドは、他の植物への生長阻害作用を始め、昆虫や動物に葉や
幹を食べられないための摂食阻害作用、昆虫や微生物を忌避、誘引したり、病害菌
に感染しないように殺虫、殺菌を行ったり、と実に多彩です。

 また、森林のなかでは木どうしが『おしゃべり』をしていることも紹介しました。木どう
しは警告物質を発散することでお互いに会話をしており、その共通語がフィトンチッド
なのです。

 フィトンチッドは樹木たちにとって自己防衛のための秘密兵器なのですが、それば
かりではありません。生態系の鍵を握る重要な役割を果たしているのです。

 多種多様な生物集団によって構成される生態系のなかでは、激しい生存競争の他
にも、相互にさまざまな交流が頻繁に行われています。そして、その際の交流手段こ
そが、アレロパシー(他感作用)物質としてのフィトンチッドと考えられるからです。

 植物は、光合成によって無機物から有機物を作りだす唯一の『生産者』ですから、
『生物量ピラミッド』の底辺に位置し、『食物連鎖』の出発点となっています。

 植物は生物界における重要な存在です。人間を含めた『消費者』たちは、植物なし
で生存することは不可能なのです。したがって『生物のつりあい』は、植物が作りだす
有機物(フィトンチッドを含めた)によってコントロールされていると言えるでしょう。

 以上をまとめてみると次のようになります。


フィトンチッド、生物活性物質、他感物質

アレロパシー関係図




 上の図は、植物を中心に、生態系における『他感物質』の相互作用をまとめてある
のですが、微生物が作りだす『病原菌毒素』や微生物どうしに作用する『抗生物質』も
フィトンチッドの一種と考えてよいのか、という疑問を持たれるかもしれません。

 フィトンチッドを他感物質として位置づけるならば、当然そのように拡大して考える
べきでしょう。しかし現実的には、『植物由来の化学成分』と限定して把握しておいた
ほうが、無用な混乱も避けられ、現在のところ妥当ではないかと思います。

 ちなみに蛇足ながら、ここで言う『アレロパシー(他感作用)』とは、生物が作りだす
化学物質による相互作用のことです。逆に言えば、化学物質が関与しない相互作用
は、アレロパシーの範疇には含まれません。


* 用語解説


 生産者

自然界において、生物たちは『生産者』と『消費者』との二つに分かれます。
無機物から有機物を作りだす生物を『生産者』と呼びます。自然界では『植物』
が唯一の生産者であり、植物は光合成によって有機物を生産します。

 消費者

生産者(植物)が作った有機物を『食べる(消費する)』生物を『消費者』と呼び
ます。自然界では『動物』がこれに当たります。草食動物のように生産者である
植物を直接食べる消費者を『第一次消費者』、肉食動物のように第一次消費
者である草食動物を食べる消費者を『第二次消費者』と呼びます。さらに、この
第二次消費者である肉食動物を食べる消費者が『第三次消費者』で、その後、
第四次、第五次、というように続いていきます。

 食物連鎖

生産者と消費者とによって構成される自然界においては、生物たちは例外なく
『食う−食われる』という関係で『鎖』のように繋がっています。このような、生物
どうしの繋がりを『食物連鎖』と呼びます。
食物連鎖の大原則として、『食物連鎖の出発点は必ず植物であること』と『消費
者は必ず動物であること』とが挙げられます。

 生物量ピラミッド

食物連鎖の量的な関係においては、出発点である植物(生産者)の量が最も
多く、次いで消費者である動物は、第一次から第二次というふうに上位にいく
ほど量が減っていきます。この量的関係を図にすると、ピラミッド形になります
ので、これを『生物量ピラミッド』呼んでいます。こうした量的関係が生じる理由
は、上位の動物が下位の動物や植物を食べて生きているからです。これを逆
に言えば、上位に位置する動物の生存は下位に位置する動物や植物の量に
よって支えられているわけです。

 生物のつりあい

自然界での生態系において、生物の種類や量は、短期的には増減があるもの
の、長期間ではあまり変化がなく一定となっています。これを『生物のつりあい』
と呼んでいます。
つりあいが保たれる理由の第一は、一定の区域内(生態系)の植物が光合成
によって生産する有機物の量は無限ではなくほぼ一定です。したがって、植物
を消費することで生きている第一次消費者の量も一定となり、食物連鎖の上位
に位置する消費者の量も一定に保たれていくわけです。
第二の理由は、つりあいが一時的に崩れても調節されるからです。たとえば、
カエルとヘビの関係で考えてみましょう。カエルがヘビに食べられてカエルの数
が減ると、餌の無くなったヘビの数は少し遅れて減ります。ヘビの数が減ると、
カエルの食べられる数が減るので少し遅れてカエルの数は増えます。カエルの
数が増えると餌が増えるため少し遅れてヘビの数は増えていきます。このよう
に時間差の増減によって、つりあいは保たれているわけです。


* 参考文献

  • 『フィトンチッドと森林浴』 谷田貝 光克 (著) 林業科学技術振興所 1985年
  • 『森林の不思議』 谷田貝 光克 (著) 現代書林 1995年
  • 『植物の不思議な力=フィトンチッド』
    B.P.トーキン、神山 恵三 (著) 講談社(講談社ブルーバックスB-424) 1980年
  • 『森はレモンの香り』 善本 知孝 (著) 文一総合出版 1990年
  • 『森の香り』 宮崎 良文 (著) フレグランスジャーナル社 1996年
  • 木材科学講座5 『環境』 高橋 徹、鈴木 正治、中尾 哲也 (編) 海青社 1995年
  • 『アレロパシー』 Elroy L.Rice (著) 八巻 敏雄、安田 環、藤井 義晴 (共訳)
    学会出版センター 1991年
  • 『植物群落と他感作用』 沼田 真
    化学と生物 15(7) 412〜418頁 学会出版センター 1977年
  • 『アレロパシーとフィトンチッド』 安田 環
    FRAGRANCE JOURNAL 86 32〜36頁 フレグランスジャーナル社 1987年
  • 『植物のアレロパシー』 藤井 義晴
    化学と生物 28(7) 471〜478頁 学会出版センター 1990年
  • 『植物のなわばり争い』 藤井 義晴
    言語 24巻8号 46〜53頁 大修館書店 1995年


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