フィトンチッド基礎講座 (5)

フィトンチッド(精油)の採り出し方



 フィトンチッド(精油)の採り出し方には、どんな方法があるのでしょうか。ここでは、
精油の採取方法について整理してみます。まず、大別すると次のようになります。



蒸留法
  • 水蒸気蒸留法
  • 熱水蒸留法
抽出法
  • 油脂吸着抽出法(温浸法)
  • 油脂吸着抽出法(冷浸法)
  • 有機溶剤抽出法
  • 超臨界流体抽出法(液化ガス抽出法)
圧搾(あっさく)法
  • 海綿法
  • エキュエル法
  • ローラー法
  • 機械搾油法
乾燥回収法


 それぞれの方法について簡単に説明していきましょう。

 蒸留法は、最も簡便かつ経済的な方法なので、広く利用されています。ほとんどの
精油は水に対して不溶性がありますし、精油成分の沸点(150〜350℃)より低い温度
で抽出することが可能なため、成分の変質の心配もありません。
 しかし、逆に水溶性成分の多いものや熱に対して不安定なものには適しません。
また、ヘッドスペース(head space、最初の香り部分で分子量が小さく揮発性が高い
物質)を採取できない場合もあります。

 水蒸気蒸留法は、精油抽出に最も多く利用される方法です。抽出対象物(原料)
に水蒸気をあてると、精油成分が水蒸気と共に出てきますので、これを冷却すること
で精油が得られます。

 熱水蒸留法は、抽出対象物(原料)を水の中に入れて加熱し、煮沸されて出てくる
水蒸気と精油成分とを冷却して精油を得ます。水蒸気蒸留法に比べ、高沸点化合物
が多く得られます。


 抽出法は、水溶性成分の多いものや熱に対して不安定なものを採取する際に用
いられる方法です。

 油脂吸着抽出法は、脂肪が香気成分を吸収する性質を利用したものです。花か
ら採取される精油では、しばしばこの方法がとられます。精製して完全に無臭にした
油脂類が用いられます。たとえば、牛や豚の脂、オリーブ油などです。

 温浸法は、油脂類に花などを浸して60〜70℃に加温して香りを吸着させます。

 冷浸法は、室温の状態で香りを吸着させます。温浸法よりも理想的な抽出方法で
すが、操作が煩雑となるのが難点です。

 油脂吸着によって得られたものは、ポマード(香脂、pomade)と呼ばれています。
さらに、このポマードに高純度のアルコールを添加して香気成分を抽出したものが
エキストラクト(extract)です。そして、このエキストラクトからアルコールを蒸発させて
得られるのが、アブソリュート(絶対花精油、absolute)と呼ばれるものです。

 有機溶剤抽出法は、石油エーテルを始めヘキサン、ベンゼン、エーテル、クロロ
ホルム、メタノール、エタノールなどの溶剤によって香気成分を採取します。大量の
原料から抽出するのに適した方法です。当然ながら、溶剤の種類によって抽出され
てくるものが異なってきます。また、揮発性成分のみならず不揮発性成分も同時に
抽出されることになります。花精油の抽出に良く用いられる方法です。
 具体的には、室温で溶剤中に花などを浸し、成分を溶剤に浸出させます。その後、
低温で溶剤を除去して得られるものが、コンクリート(concrete)と呼ばれるものです。
このコンクリートから、油脂吸着法のポマードと同じような過程を経てアブソリュートが
得られます。

 超臨界流体抽出法(液化ガス抽出法)は、超臨界流体の液化二酸化炭素、液化
プロパンやブタンなどの臨界流体を用いて抽出する方法です。
 超臨界流体とは、物質の臨界温度および臨界圧力以上において、物質が液体
かつ気体に近い性質を持つ状態が生じることを言います。
 この方法では特殊な装置が必要となり抽出経費も高くなる欠点がありますが、それ
を上回る利点もあり、注目を浴びている採取方法です。主な利点は次の3点です。
 まず、抽出する際に用いた液化ガスは、室温に放置すると揮散します。そのため、
分離に容易であるばかりか、液化ガスが抽出した香気成分に残留しません。
 また、低温での抽出が可能なため、熱に不安定な成分の抽出が可能となります。
したがって、自然により近い香りを採取することができるのです。
 さらに、有機溶剤の環境への負荷を配慮すると、有機溶剤を使わない採取方法が
求められており、こうした問題の解決にもなるわけです。


 圧搾法は、簡単に言えば『搾り出す』ことです。主に柑橘類の果皮から精油を採取
する際に用いられる方法です。これは果皮の表面に近いところに『油房』があるため
に、圧搾によって精油が得られるわけです。

 海綿法では、冷水に浸した後の果皮を手で圧搾し、浸出する果汁(精油)を別の手
に持った『海綿』に吸収させます。まったくの手作業です。

 エキュエル法では、金属製の漏斗内面に『針』を付け、この針に果皮を押しつけて
回転させながら採取します。

 ローラー法機械搾油法は、圧搾の作業を機械化した方法です。特に機械搾油
法では、洗浄、皮むき、圧搾、分液の全工程が自動化されています。


 ところで、ここまでの採取方法の中で、『精油』と異なる名称がたびたび登場してき
ました。少し混乱されたかもしれません。

 香料の専門家の間で『精油(essential oil)』と言った場合、それは蒸留法と圧搾法
で得られたものだけを意味します。抽出法によって得られたものは、アブソリュートと
呼ばれ、精油とは区別されているのです。また、アブソリュートが得られる前のものは
前述の通り、ポマードとかコンクリートとか呼ばれています。
 また、樹脂や種子などから、溶剤によって抽出されたものはレジノイド(resinoid)で、
エタノールに浸出することで抽出したものは芳香チンキ(aromatic tincture)と、その
名称も異なります。
 このように呼称を区別する理由は、その製造方法が異なるからに他なりません。
また、圧搾法で得られたものは『エッセンス(essence)』と呼んで精油と区別すること
もあるようです。

 以上を簡単に整理すると次のようになります。

採取方法
特徴または中間工程
香料上の分類

蒸留法

水蒸気または熱水を利用して採取

精油

圧搾法

果皮などを圧搾して採取

精油(エッセンス)

油脂吸着抽出法

ポマード → エキストラクト → 香気成分

アブソリュート

有機溶剤抽出法

有機溶剤 → コンクリート → 香気成分

アブソリュート

超臨界流体抽出法

液化ガス → コンクリート → 香気成分

アブソリュート

有機溶剤抽出法

樹脂、種子などから有機溶剤で抽出

レジノイド

有機溶剤抽出法

樹脂、種子などからエタノール浸出で抽出

芳香チンキ



 最後に、乾燥回収法について説明します。

 ご承知のように、木材は必ず乾燥させてから用材として利用されます。水分を含ん
だ木材は収縮するため、用材に適さないからです。木材を乾燥させる方法としては、
天然乾燥に加え、人工乾燥も盛んに行われています。
 この『木材の除湿乾燥工程』で精油を採取する方法が、乾燥回収法です。木材が
放出する水分の中に精油成分が含有されているので、これを回収するわけです。
 乾燥は木材を利用する際に欠かせない工程です。この乾燥と同時に精油が得られ
るわけですから、非常に効率的な方法だと言えるでしょう。


 以上のように、フィトンチッド(精油)の採り出し方には、さまざまな方法があります
が、ほとんどの精油は蒸留法、特に水蒸気蒸留法によって採取されます。
 その仕組みは次のようなものです。(下図は熱水蒸留法によるものです。)


森林のにおいのもとを取り出す仕組み


 上図の中で『森林のにおいのもと』とあるのが精油成分(フィトンチッド)です。
 精油と分離した水は『留出水(りゅうしゅつすい)』と呼ばれます。この留出水にも、
精油成分の一部などが溶け出していますので、さまざまな用途があります。
 一般に、精油1に対して留出水100が得られます。

 なお、上図は『熱水蒸留法』ですが、『水蒸気蒸留法』も基本的な原理は同じです。
抽出対象物(原料)を水の中で加熱するのではなく、原料に水蒸気をあてることが異
なるだけです。


精油抽出装置(簡易型)の写真がご覧になれます。(写真3点、約240KB)


 わが国では古くから『蘭引(らんびき)』という蒸留器によってフィトンチッドを採り出
していました。この蘭引はポルトガル語のalambiqueが語源です。酒類などを蒸留す
るための器具で、16世紀後半に南蛮文化とともにわが国にもたらされました。
 その多くは陶製で、江戸時代には蒸留酒を始め、植物精油や化粧用香油水を造る
ために、医家や薬種屋、上流家庭の茶席などで使われました。時代劇の小物などに
も登場しますので、ご覧になった方も多いと思います。
 ちなみに、蘭引は『熱水蒸留法』によるものです。


蘭引(複製)の写真がご覧になれます。(写真3点、約50KB)


* 参考文献

  • 『エッセンシャルオイルの化学』 亀岡 弘 (著) 裳華房 1990年
  • 『においの化学』 長谷川香料株式会社 (編) 裳華房 1988年
  • 『アロマテラピーのための精油の条件と使用法について』
    K.E.コーレル、アンリ・ビオー aromatopia (合本bS〜7) 7 187〜192頁
    フレグランスジャーナル社 1994年
  • 『精油の利用』 大平 辰朗
    日本木材学会第6期研究分科会報告書 V 69〜73頁 日本木材学会 1999年
  • 『らんびきの栞』 内藤記念くすり博物館



 上記の文献の他に、Webサイト Herb Aroma House Pure の『精油の抽出方法』
 も参考にいたしました。 http://www.ctk.ne.jp/~pure/


フィトンチッド応用講座(1)〜(6)もぜひご覧ください。

(フィトンチッド資料室にて公開中)


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