フィトンチッドの有害性について



 森林の不思議 『フィトンチッド』とは? で、『フィトンチッドのさまざまな働きは、人体
に対しては有益で、わたしたちの生活に広く有用である』ことを説明しました。

 しかし、フィトンチッドが100%安全なわけではありません。

 植物が作り出す成分のなかには、『人体に有害なもの』もあります。また、有害成分
でなくても、その利用方法を誤って用いれば、当然ながら危険を伴います。

 『植物成分』とか『天然物』とか聞くと、何かしら安心感があるのは事実ですが、その
利用にあたっては十分な注意が必要になってきます。

 フィトンチッドのことを正しくご理解いただくために、フィトンチッドの有害性について
も触れてみたいと思います。




 植物の有毒成分


 フィトンチッドには、他の植物への生長阻害作用を始め、昆虫や動物に葉や幹を
 食べられないための摂食阻害作用、昆虫や微生物を忌避、誘引したり、病害菌に
 感染しないように殺虫、殺菌を行ったり、と実に多彩な働きがあります。

 植物たちは、こうしたフィトンチッドの働きを使って、自らの生存を脅かすさまざまな
 危険から身を護っています。つまり、フィトンチッドは、植物たちが自然界のなかで
 の生き残りを賭けて、他の生物と戦う際の武器なのです。

 したがって、当然ながら、植物たちがフィトンチッドを作り出す理由は、『自分自身の
 身を護るため』です。決して、わたしたち人間のために提供してくれているわけでは
 ありません。人間は、植物の意思とは関係なく、フィトンチッドの働きを自分たちに
 都合の良い形で利用しているだけに過ぎないわけですから、植物が作り出す成分
 のなかには、『人体に有害なもの』もあって当然です。

 人体に有害なものとしてよく知られているのは『毒キノコ』でしょう。ベニテングタケ、
 シロタマゴテングタケ、オオワライタケ、ツキヨタケ、ハエトリシメジ、ヒトヨタケ、など
 がその一例です。毒キノコを食用キノコと誤って食べたりしたら、中毒を起こしたり、
 最悪の場合絶命に至ることもあり、たいへん危険なことはご承知の通りです。

 毒キノコばかりでなく、有毒植物は他にもたくさんあります。アコニチンという猛毒の
 成分を含む『トリカブト』、コニインという有毒成分を持つ『毒ニンジン』、などは名前
 だけでもお聞きになったことがあると思います。トリカブトは、古代から中世にかけ
 てのヨーロッパで、『毒殺』のために頻繁に使われたと言われています。トリカブトを
 使った『保険金殺人事件』を記憶されている方も多いでしょう。また、毒ニンジンは、
 『ソクラテスを殺した毒』として有名です。これらの他にも、ドクゼリ、ドクウツギ、スズ
 ラン、アセビ(馬酔木)など、山野に自生する有毒植物はいくらでもあります。

 漆(ウルシ)の木から採取される樹液は、漆器を塗るのに用いられますが、乾いて
 いないウルシを触ると、湿疹やかぶれなどの皮膚炎を起こすことがあります。余談
 ですが、漆器はわが国の文化を代表するもので、海外では漆器のことを『JAPAN』
 と呼ぶほどです。また、皮膚に触れただけでかぶれてしまう植物には、ヤマウルシ、
 ツタウルシ、ヤマハゼなどがあり、これらは身近な山野に自生しています。

 わたしたちが日常的に口にする野菜のなかにも有毒成分を含むものがあります。
 『じゃがいも』は、調理する前にあらかじめ『芽』を取り除きます。これは、じゃがいも
 の芽にソラニンという成分が含まれており、消化不良や神経麻痺の原因になるから
 なのです。

 このように、植物が作り出す成分のなかには人体に有害なものも多数ありますが、
 昔の人たちは植物の有毒毒成分を上手に利用して生活してきました。『矢』に毒を
 塗って狩猟したり、有毒成分を水中にまいて魚を痺れさせて捕まえたり、といった
 具合です。

 さらには、有毒成分を『薬』としても用いてきたのです。つまり、薬になる毒があるの
 です。まさに、『毒と薬は紙一重』だと言えるでしょう。これらの毒は、致死量(半数
 致死量や一回極量)を越えて使えば危険ですが、範囲内であれば薬理作用がある
 わけです。たとえば、『チョウセンアサガオ』には、アトロピンやスコポラミンなどの
 有毒成分が含まれており、体内に入ると、錯乱、幻覚、意識喪失などを起こします
 が、江戸時代に華岡 青洲がこの成分を麻酔薬として用い、乳ガンの手術を行った
 ことは、あまりにも有名です。 




 植物成分(精油)の有害性


 フィトンチッドは、植物から『精油』を抽出する形で活発に利用されています。

 植物精油は、自然界に存在する天然物を採り出すのですから、化学合成品と異な
 り、より自然に近い形であることは間違いありませんが、その利用を誤れば、必ず
 しも安全とは言えません。

 精油は、ある意味で濃縮された形ですから、その作用もまた大きくなるのです。

 アロマテラピーなどで精油を用いる場合、その特性をよく理解してからでないと危険
 なことが多々あります。たとえば、人気の高い精油に『カモミール』がありますが、こ
 の精油には通経作用があるため、妊娠初期には使用を避けなければなりません。
 『ペパーミント』も同様です。また、『ユーカリ』や『ローズマリー』には、強い刺激性と
 強力な作用があるため、妊娠中や高血圧の人は使用しないほうが安全です。
 また、精油を用いたアロママッサージも、あらかじめアレルギーテストをするなどの
 注意が必要です。

 いずれにしても、精油の禁忌リストをよく読むことはもちろん、体調がおもわしくない
 時などは、医師に相談することが必要でしょう。

 『農薬』の人体や土壌への悪影響が指摘され、有機農業が注目されています。
 有機農法では、化学合成された農薬の代わりに、植物成分を使って病害虫を駆除
 する方法があります。植物由来の天然成分を上手に利用することには大賛成です
 が、その使用にあたっては注意が必要です。使用する成分はもちろんですが、散布
 する時期、使用量やその濃度によっては、効果がないばかりか、悪い結果になりか
 ねません。益虫まで殺してしまい土壌の肥沃度を弱めたり、土壌を汚染してしまう
 ことも考えられるからです。また、収穫物に残留した成分の危険性も検討しなけれ
 ばなりません。

 このように説明すると、『フィトンチッドはとても危険なものだったのか』と誤解される
 かもしれませんが、フィトンチッドの有用性を否定するものではありません。
 利用方法を誤った場合の有害性についても、十分注意していただきたいのです。

 『過ぎたるは及ばざるがごとし』という名言があります。また、『過信は禁物』です。
 フィトンチッドについても、その功罪を正しく評価することが重要だと思います。




 『共進化』とフィトンチッド


 生物は進化しています。生物の起源やその過程については、未解明の部分も多く、
 ダーウィンの進化論に対しても異論があるようですが、ここではそれに触れません。
 一般論として、『生物が進化していること』を前提に話を進めます。

 自然界においては、生物たちは、例外なく『食う−食われる』という『食物連鎖』で繋
 がっていて、激しい生存競争が繰り広げられています。この競争の過程で共に進化
 していくことが『共進化』です。

 『木』と『毛虫』との共進化を考えてみましょう。但し、これは推測の部分もあります。
 毛虫が木の葉を食べます。食べられて困った木は、毛虫が食べにくいように、葉に
 トゲを付けます。毛虫にとって、トゲのある葉は食べづらく死活問題ですから、トゲ
 のある葉でも食べられるように自らを変身させます。またまた毛虫に葉を食べられ
 た木は、今度はフィトンチッドを作り出して毛虫を追い払います。このように、お互い
 が競いながら共に強くなっていく(進化していく)ことが共進化です。

 この共進化は、気の遠くなるような長い年月をかけて行われます。しかも、いったい
 いつ終わるのかもわからないのです。

 フィトンチッドは、現時点では、毛虫などを追い払う能力があります。しかし、毛虫も
 進化し、いずれフィトンチッドに影響されない毛虫が登場する可能性もあるのです。
 そして、その時は植物もまたフィトンチッドに代わる物質を作り出しているかもしれま
 せん。したがって、共進化という長いターム(期間)で考えた時、フィトンチッドは遠い
 将来においても抗菌・防虫作用があるかどうか、わからないわけです。

 このこと自体はフィトンチッドの有害性とは直接関係はありませんが、自然界におけ
 るフィトンチッドの位置づけについても考えていただきたい、と思います。


* 参考文献

  • 『フィトンチッドと森林浴』 谷田貝 光克 (著) 林業科学技術振興所 1985年
  • 『森林の不思議』 谷田貝 光克 (著) 現代書林 1995年
  • 『木のふしぎな力』 谷田貝 光克 (著) 文研出版 1996年
  • 『毒物薬学事典』 大木 幸介 (著) 講談社 (ブルーバックス B-569) 1984年
  • 『図解 猛毒植物マニュアル』 和田 宏 (著) 同文書院 1998年
  • 『アロマテラピーのための84の精油』 ワンダ・セラー (著) 高山 林太郎 (訳)
    フレグランスジャーナル社 1992年


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