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桜の花が終わると、季節は「目に青葉、山時鳥、初鰹」。俄然、存在感を増すのが
木々の新緑です。遠くの山まで出かけなくても、普段、通い慣れた道に植えられた
街路樹のあざやかな緑にはっとさせられる機会も多いのではないかと思います。
そもそも、人やものが往来する道とそこに樹木を植えることとは、古くから切っても
切り離すことのできない関係にありました。
紀元前10世紀にインドのカルカッタとアフガニスタン国境を結ぶために造られた
グランド・トランクと呼ばれる街道には、既に道の中央と左右に並木が植えられてい
たと伝えられていますし、エジプトの会意文字で「道」を表す文字は、道路を表す二本
の平行線に、三本の矢印状・矢羽根状に表現された並木が組み合わされたもので
した。
日本では、759年には、旅人が緑陰で疲れを癒し、飢えをしのぐことを目的として、
畿内の7つの街道に果樹の植栽を命じる太政官符が出ています。ここで植えられた
木の種類は、カキやタチバナともナシとも言われていますが、はっきりとはわかって
はいません。
我が国では、旅人が休息をとり、飢えを満たす果樹から始まった並木、街路樹で
すが、現在、その役割は、交通だけでなく都市環境全体に影響を与えるものへと
変化しています。
まず、道路交通においては、街路樹があることで歩道と車道の境界が決定し、
歩行者と自動車の通行が物理的、心理的に分離されることが挙げられます。
通行の分離は、双方の通行の安全性を高めることに貢献する他、通行の際に
横方向からもたらされる過剰な情報を制限するため、結果的に通行者が横方向へ
向ける注意の負担を軽減し、通行の快適性も高める効果が得られます。また、
街路樹のつくる木陰のもたらす緑陰効果も通行の快適性を増進させるものです。
都市環境において、街路樹のもつ大きな効果は、景観の向上です。多様な人工物
が雑然と密集している中に存在する自然の緑は、雑多なものを視線から隠すことで、
都市景観に統一感をもたらします。
さらに東京の明治神宮外苑の絵画館とその手前のイチョウ並木やJR中央線の
国立駅の南口から始まる桜並木のように、建物から一直線に伸びた街路に植えら
れた街路樹には、景観の中に置かれた左右の街路樹が視る者の視線を奥へと絞り
込ませ、見通し景の効果を高めるという芸術的な役割を果たしています。
都市の景観イメージの向上に加えて、街路樹は実際にも騒音の防止、大気汚染
物質の吸着、吸収などの効果をもたらします。また平時のみならず火災の際には
延焼の防止を、地震の際には倒壊しようとする建物を支え、避難路を確保すると
役割をも担っています。
また、日本では稀ですが、お隣の国、中国では、街路樹として植えた果樹の果実を
収穫して販売したり、枝を燃料や用材として用いる例が報告されています。
変わったところでは、街路樹に歴史的なモニュメントの役割を持たせている例も
報告されています。被爆都市、広島市の「平和大通り」は全国からの「平和を祈念
する献木」によりつくられた平和を祈念する通りという意味合いが込められており、
東京都八王子市のクワ並木は製糸の町として発展した八王子市を記念して植えら
れたものです。
街路樹は、人のくらしや社会の中だけでなく、都市の生態系の中でもまた、大きな
役割を持っています。
もともと街路樹は都市を好む生物であるスズメやアオマツムシなどに住処として
利用されているほか、街路樹に定住しない生物にとっても、移動空間である「生態
回廊(コリドー)」として重要な場所となっています。
ある地域に生息する一つの種の個体郡を考えた時、この種がこの個体郡の中で
のみ繁殖していくことは、個体郡が遺伝的に均一なものへと変化していくことを示して
います。均一な遺伝子を持つことは、生息環境が変化した場合に、その変化に対応
する力が弱まることであり、種の継続的な維持を脅かします。そこで、種を安定的に
維持していくために、離れた場所の他の個体郡との間で遺伝子を交換し、環境変化
に対応できるだけの遺伝的な多様性を有することが不可欠となります。そのため、
生息個体郡には、主たる生活の場所の他に、他の個体郡と交流する際の移動空間
が必要になるのです。この移動空間を生態回廊(コリドー)と呼び、生態回廊により
形成されたネットワークを生態ネットワーク(エコロジカルネットワーク)と呼びます。
今後、市街地ではさらに開発が進み、その結果、各生息個体郡の生息場所は
減少し、孤立する方向へと進むと考えられています。そのため、各生息場間をつなぐ
生態回廊の重要性はさらに増し、街路樹に生態回廊としての役割への期待が
かかっています。
行政においても生態回廊としての街路樹の重要性は認識されており、環境省が
環境庁時代の平成9年度から始めた「自然共生型地球づくり事業」では、地方公共
団体の行う野生生物の生息に考慮した街路の緑化空間整備が事業の補助の対象
となっています。
このように数々の役割が期待されている街路樹ですが、現在、利用されている樹種は、約500種、本数にして480万本ほどと言われています(「現在使用されている全国
の樹種別高木調査(平成4年3月末)」建設省土木研究所環境部緑化生態研究室)。
植栽本数の上位10種を挙げると1位から順番に、イチョウ、サクラ類、ケヤキ、
トウカエデ、プラタナス、クスノキ、ナナカマド、日本産のカエデ類、モミジバフウ、
マテバシイとなり、11位以下にはハナミズキ、ナンキンハゼ、シダレヤナギ、
エンジュ、ユリノキ、ニセアカシア、アカマツ・クロマツ、ヤマモモ、イブキ類、
クロガネモチと続きます。
リンゴの産地である青森県五所川原市でのリンゴ、かって京都に竹材を供給して
いた広島県竹原市におけるモウソウチク、ホウライチク、ダイミョウチク等、地域の
個性や特色を生かした植栽への取り組みも多く行われていますが、ここに挙げた
上位10種が全体の植栽本数に占める割合は75%に達し、樹種は限定されている傾向
にあります。
選定される樹種が限定される原因としては街路樹の植栽される環境の過酷さが
挙げられます。
街路樹が植栽される環境を見てみると、まず、物理的には、街路樹は、地上部で
信号機や交通標識、看板、アーケード、電線、電話線、各種建築限界等と、地下部
では共同溝、各種埋設物とそれぞれ競合しています。
また、自動車の排気ガスや工場からの排煙、街灯の光等、多くの生育かく乱要因
が存在しており、一般的な環境に比べ、かなり過酷であるということがわかります。
さらに、これらの要因に加え、植栽される土壌は、水が土壌中を下から上へと移動
する塩類集積型で、土壌酸度もアルカリ性を示す場合が多いと言われています。
日本従来の樹木は弱酸性〜微酸性で生育しますが、外国種は生育域を中性〜弱
アルカリ性に持つ樹種が存在しています。
この傾向は、街路樹に使われる樹種に外国産のものが多く入っている理由の一つ
と言われています。
街路樹の樹種を選ぶ際に基準となる項目は、
1 樹形が美しいこと、枝葉が密生し、夏に緑陰効果が期待されること
2 冬暖かく、夏涼しくが基本であるので原則として落葉樹であること
3 自然災害に強く、都市の環境に耐え、選定に耐え、強健であること
4 樹に悪臭、毒性、刺などがないもの
5 移植が容易で繁殖がやさしい
6 維持管理がやさしく、安い経費ですむもの 等となっています。
その他にも風習、故事来歴等の土地の特色にあったものであるかどうかも選定の
際に考慮されています。しかし、上記の環境条件と基準項目を満たす樹種をとなると
ある一定の種に限定されてきてしまうようです。
このように過酷な環境に植栽され、樹種も限定されがちで、一見、面白みもなさそ
うな街路樹ですが、落葉樹が大半を占めるため、季節の移ろいを感じるには最適
です。
また、香りに重きを置いた樹種の選定は行われていませんが、クスノキ、
ニセアカシア、ライラック等、香りの強い樹種も少なくありません。
さらに、最近では東京の都心にニホンザルが出没するようになりましたが、これは
街路樹が山から都心へ移動する際に生物回廊として機能していることを示すもの
ではないでしょうか。
目立たないながら「都市の森林」として大きな役割を果たしている街路樹、普段、
通い慣れた道に植えられているその梢を一度ゆっくりと見上げてみてはいかがで
しょうか。
(参考文献)
亀山章 編 「街路樹の緑化工 ―環境デザインと管理技術―」
ソフトサイエンス社 東京 1998年
山本紀久 「街路樹」 技報堂出版 東京 1998年
亀野辰三 八田準一 「街路樹・みんなでつくるまちの顔」
公職研 東京 1997年
渡辺達三 「『街路樹』デザイン新時代」 裳華房 東京 2000年
江刺洋司 「都市緑化新世紀」 平凡社 東京 2000年
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