(連載12) 海の森林のはなし その2

逆瀬川 三有生



 前回は、海と関係の深い森林として、海辺の海岸林をご紹介しましたが、今回は
海の中へと目を向けたいと思います。

 海中に生える植物は、どちらも「カイソウ」と同じ読みですが、「海草」と「海藻」の
2種類に分けることができます。

 海草は、読んで字の如く「海の草」です。海産の種子植物で、全世界で50種ほどが
知られています。陸上に分布する植物と同じく根、地下茎、葉といった構造を有し、
また、陸上の植物のように派手ではないものの花を咲かせ種子をつけます。

 現在、私たちの身の回りで見られる陸上植物は、海から上陸を果たしたものです
が、海草は、その中でイルカやクジラのように再び海へと戻っていった植物と考え
られています。そのため、含まれる光合成色素の種類も陸上植物と同じで、海中で
もあまり深いところに分布することはできません。しかし、海草が生態系で占める
位置は決して小さなものではなく、海草の一種であるアマモが、波の穏やかな内湾
の砂質や砂泥質の海底に形成する群落である「アマモ場」は、稚魚や幼生の住処と
なるなど、非常に大きな役割を担っています。

 一方の海藻は、「海の藻」。「藻」の字は、植物を表す「草冠」に、水を示す「三水」、
そして3つの「口」と「木」からできています。

 3つの口と木については、「多くの鳥が鳴き騒いでいる意」や「入り組んだ紐状体を
表す」といった複数の解釈が存在し、そこから「藻」の字も、「音を立てて水が流れて
いる中を水とともに動き騒いでいる草」、「紐が入り組んだような形で水中に生える
草」とする説などが唱えられていますが、いずれにしても陸上の樹木に比べて、
海藻が柔軟な体を持ち、波に委せたしなやかな動きをすることからとった表記と
いえます。

 水中で生活するため体を支える必要の無い海藻は、陸上に生活する植物の茎に
よく似た柄を持っていますが、水から引き上げられると、体を直立させることができ
ません。しかし、そのしなやかな体は、水中では、波に揺られて位置を変え、光を
葉全体に均等に行き渡らせることに役立ち、陸上植物の茎や根のような光合成を
行わない器官を持たないことと相まって、きわめて効率的な物質生産を行うことが
できます。

 一例を挙げますと、褐藻類のアラメやカジメが構成する海中林では、1平方メー
トルの海底あたり、年間に乾燥重量で2?3キログラムの葉が生産されると言われ
ています。これは陸上の森林の生産量を凌ぐ数値です。さらに同じ褐藻類のホン
ダワラの茂みでは、この値は8キログラムにも達し、熱帯雨林の生産量をも凌ぐ
ほどの値となります。

 この効率的な物質生産には、海藻の備える光合成色素も大いに寄与をして
います。

 太陽の光は、プリズムを通過させると、虹にみられるように赤、橙、黄、緑、青、
藍、紫の7色に分けることができますが、その主成分は、光の三原色である
「赤色光」、「緑色光」、そして、青、藍、紫をまとめた「青色光」となります。

 太陽が、海藻の生息場所である沿岸部を照らしたとき、その含まれる光の成分の
うち、赤色光は、水によく吸収される性質を持つため、海水へと吸収されてしまい
ます。次に、青色光も海水中の不純物に吸収されたり、土粒やプランクトンなどで
散乱されたりして、ある程度の深さ以上にまで届くことはありません。結果として、
海藻の生息場所へは、その成分のほとんどを緑の光が占めている光が降り注ぐ
こととなります。また、降り注ぐ光の量も陸上と比べるべくもありません。

 海藻は、このように陸上に比べて光の条件の劣る環境に生息するため、その生息
場所に応じて様々な光合成色素を有しています。海藻が、緑藻類、褐藻類、紅藻類
に分けられることをご存じの方も多いでしょう。この分類は、その海藻が含有して
いる色素の種類を基にして行われています。

 まず、緑藻類ですが、緑藻類はさらに鮮やかな緑色を持つ浅所型緑藻類と、葉が
いわゆる海松色(みる色:褐色がかった暗緑色)をした深所型緑藻類とに分ける
ことができます。

 浅所型緑藻類は、潮間帯などの光に不自由をしない浅い海中に分布しています。
含有色素は、カロテン(黄)(括弧内は色を示す、以下同様)、クロロフィルa(青緑
色)、クロロフィルb(黄緑)、ルテイン(黄)、ビオラキサンチン(黄)、ネオキサン
チン(黄)で、これは、陸上植物の葉が含んでいる色素と同様の構成になって
います。そのため、今日の陸上植物は、この浅所型緑藻類から進化したと考え
られています。

 一方、深所型の緑藻類は、潮間帯でも見ることができますが、水深20メートル
から30メートルといった深さに生息しています。このように深い場所に分布する
緑藻類は、ルテインの代わりにシフォナキサンチン(オレンジがかった黄)やシフォ
ネイン(オレンジがかった黄)を含んでいます。

 私たちにとって緑色に見える物体は、緑色の光を反射する物体ですから、一見
して、この深所型緑藻類は緑色の光を利用できないように思われます。しかし、
深所型緑藻類に含まれるシフォナキサンチンは、緑色光を吸収し、さらにその
エネルギーをクロロフィルaに渡して光合成を行わせることができます。このシフォ
ナキサンチンを含むため、深所型緑藻類は、緑藻であるにも関わらず、緑色光が
ほとんどを占める水深30mの世界で、太陽光を利用した光合成を行うことができ
るのです。

 このように含有色素の違いから、2種に分けられる緑藻類ですが、クロロフィルbは
緑藻類にのみ共通して含まれる色素で、この点が緑藻類を褐藻類、紅藻類から
判別するポイントとなっています。

 つづいて褐藻類ですが、先ほどのクロロフィルaの他に、カロテン(黄)、フコキサン
チン(黄)、クロロフィルc(緑黄色)といった色素を含んでいます。

 フコキサンチンは、全ての褐藻に共通して含まれる色素で、浅所型緑藻類に含ま
れるシフォナキサンチン同様、緑の光を吸収し、クロロフィルaへとそのエネルギーを
伝える役目を果たしています。

 黄色い色素のフコキサンチンですが、実際に生きている褐藻類の細胞の中では、
赤い状態となって存在しています。褐藻が褐色の色素を含まないのにも関わらず、
褐色に見えるのは、赤くなっているフコキサンチンとクロロフィルの緑が重なり、
「緑色+赤色=褐色」となっているから考えられています。

 このように褐藻の色を決定しているフコキサンチンですが、ワカメも褐藻であると
したら、どのようにお感じになるでしょうか。

 味噌汁や酢の物でなじみ深いワカメは、私たちの食卓に載る時には緑色をして
いるため、一見、緑藻の仲間のようにも見えますが、れっきとした褐藻類の藻類
です。そして、その褐藻類の名が示す通り、実際に生きている時は褐色をして
います。

 このように生きている時に褐色のワカメが、食卓に上る時には緑色となっている
理由は、収穫した後の加工の過程に由来しています。

 収穫されたワカメは、一度、熱湯に浸されますが、お湯につけられたワカメは、
その色を褐色から緑色へと変化させます。この時、ワカメの細胞の中では、フコキ
サンチンの赤が分解し、褐色から赤が引かれたため、残った緑が熱湯処理後の
ワカメの色となるのです。

 緑藻類は緑と黄色の色素、褐藻類は加えて、生きている時には赤い状態にある
黄色い色素を、それぞれに含んでいますが、さらに多くの色を持つのが、最も深い
水深に適応した藻類である紅藻類です。

 紅藻類に含まれている色素としては、カロテン、クロロフィルa、ルテイン等の他に、
水溶性色素タンパク質と総称されるフィコエリスリン(赤)、フィコシアニン(青)、アロ
フィコシアニン(青)などが知られています。このうち、フィコエリスリンは、全ての
紅藻類に含まれ、緑色光の吸収とクロロフィルへのエネルギーの受け渡しを行って
います。

 ほとんど全ての紅藻類は、緑のクロロフィル、黄色のカロテンやルテイン、そして
上記の青や赤の色素の組合せを持っており、そして、これらのバランスが変化させ
ることにより、様々な色へと変化することができます。

 膜状で1メートルを越すほどの大きさになるフダラクという紅藻は、もともと小豆色
から紫色に近い色をしていますが、初夏には、個体ごとに茶色、オレンジ、黄色、
黄緑、青緑といった色に変化することが知られています。この色の変化は、4色の
色素の量の多寡が影響しており、緑の色素が減ることで赤に、赤が減ることで緑
に、緑、青、赤が減ることで黄色といったようなメカニズムによるものと考えられて
います。

 射し込む光の質に応じて含有する色素を変えている海藻達ですが、必ずしも深所
型緑藻が浅所型緑藻よりも深い位置に生息しているといったことや、紅藻が浅い
場所では見ることができないといったことはありません。潮間帯の下部には、浅所型
緑藻のアオサ類と深所型のミルが同居しているのを見ることができますし、紅藻類
のサンゴモ科のオオシコロは干潮時に干上がってしまう磯に生えています。人が
簡単に足を踏み入れられる場所にも、多種の藻類による実に色彩豊かな世界が
広がっています。

 このようにカラフルな海藻の世界ですが、夏休みに海水浴や磯遊びで海へ行った
としても目にする機会は、ほとんどありません。実は、人にとっての海のシーズンで
ある夏は、海藻にとって衰退期にあたり、ほとんどの個体が岩場から姿を消して
しまうからです。海藻が最も繁茂するのは、冬から春に掛けての季節です。台風の
通過が一段落した10月ごろの海では、来る冬に向けて、各種の海藻の幼体が
出現し始めます。暑い盛りには見ることのできなかった海藻達の「芽吹き」を見に、
一度、海辺を歩かれてみてはいかがでしょうか。

(参考文献)

 横浜康継 「海の森の物語」 新潮社 東京 2001年

 新崎盛敏 新崎輝子 「海藻のはなし」 東海大学出版会 東京 1978年

 横浜康継 野田三千代 「海藻おしば ―カラフルな色彩の謎―」
 海游者 東京 1996年

 谷口和也 「磯焼けを海中林へ ―岩礁生態系の世界―」 裳華房 東京 1998年

 千原光雄 監修 「日本の海藻」 学研 東京 2002年


<<著者紹介>>


逆瀬川 三有生 (さかせがわ みゆっせ)

特定非営利活動法人 農学生命科学研究支援機構 理事 (博士農学)


Copyright (C) 2006 Miyusse SAKASEGAWA , Phyton-Cide Spread Center JAPAN

▼連載13へ進む

▲連載のトップへ戻る
▲ホームページへ戻る