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今年の冬は暖かく、「暦では冬なのにもかかわらず、もう春の花が咲いてしまった」
といったニュースが全国各地から数多く報じられました。3月20日に出されたサクラ
の開花予想でも、例年より多くの観測地点で6日から10日前後早まりそうといわれて
います。大きく育ち、ほんのりと色づいたサクラのつぼみを見ながら、咲くのを今かと
楽しみにしている方も多いのではないかと思います。
そこで今回は春に咲く花木(花をつける樹木)のつぼみの形成から開花までを
ご紹介します。
植物が花を咲かせるには、当然、開くためのつぼみが必要になります。
春に咲く花木のつぼみは、モクレンが5月中旬、ウメ、サクラ、サツキツツジが7月
中旬、モモが8月中旬、ハナミズキが9月中旬と、開花する前の年の初夏から秋に
かけて作られます。開花の半年から9ヶ月以上も前に次の開花の準備をしている
とは、その入念な準備ぶりに驚かされます。
つぼみが作られる場所は芽の中にある成長点です。
成長点は植物の生長の起点となる場所で、普段は、芽を作り、葉を伸ばすことを
行っています。しかし、成長点に何らかの刺激が加えられると、成長点は葉の形成
と伸長を止め、つぼみを作り始めます。
この刺激の例として良く知られているのが「夜の時間の長さ」です。
夜の時間が長くなるとつぼみを作るアサガオやキクなどの「短日植物」や、逆に
夜の時間が短くなることが、つぼみ形成の刺激となるコムギやホウレンソウなど
の「長日植物」は、生物の教科書にも紹介されていますので、覚えている方も多い
かもしれません。
しかし、花木では、つぼみをつけるまで数年かかることや、背丈が大きいため
実験条件を変化させることが困難などの理由により、どのような刺激がつぼみを
形成するのに有効なのかは、残念ながら詳しく判ってはいません。
このように形成されたつぼみは、成長しながらやがて秋を迎えます。秋の夜長を
感知した葉は、アブシジン酸という物質を合成し、芽へと送ります。アブシジン酸は、
「夜が長くなったから、これから冬が来るよ」ということを芽に教える役割を果たして
います。そして、これを受け取った芽は、越冬芽へと変化し、休眠状態に入ります。
なお、「狂い咲き」というように、春咲きの花木が秋に開花してしまうことが時々
報じられますが、これは、害虫の食害や人の手などにより、葉の数が著しく少なく
なってしまった木で、充分な量のアブシジン酸を芽に供給することができず、その
ため、休眠状態に入れなかったつぼみが秋の暖かさに反応して咲いてしまうことに
より起こるようです。
越冬芽はその名の表す通り、冬を越すための様々な工夫がこらされています。
冬の寒さがつぼみに与える一番の影響は、細胞内に含まれる水が凍ってしまう
ことです。細胞の中で凍結が起こると、細胞内部の構造が破壊され、細胞は死んで
しまいます。つぼみは、そんな厄介な水を、なんと生重量あたり約40%もその中に
含んでいるのです。
そこで、越冬芽となったつぼみは、水が0℃を下回っても凍らない過冷却という
現象と氷のできる場所をコントロールすることで、細胞内の構造が破壊されること
を防いでいます。
まず、越冬芽と枝との間に、タンニン様の物質を利用した隔膜が作られ、この
ことにより、枝と越冬芽の間の水や氷の移動が断たれます。このような状態で周囲
の温度が氷点下数℃までゆっくりと下がっていくと、越冬芽の中の花になる部分の
小花に含まれている水は、過冷却により凍らずに液体のまま保たれています。
一方、小花の外側を覆うりん片には、氷核活性物質という水の凍結を促進する
物質が含まれており、氷点下になると、りん片内に含まれる水は凍り始めます。
りん片と小花は維管束で繋がっているので、小花の中の液体状態の水は、この
維管束を伝ってりん片に移動していき、りん片内で次々と凍ります。この結果、
小花は凍結する温度(氷点)を9℃程度低くすることができ、気温が?25℃程度に
なっても生きのびることができます。
秋に休眠状態に入った越冬芽は、冬の寒さを感じて目を覚まします。
人間からすると「寒いのだから寝ていれば良いのに」と思いますが、植物は冬の
寒さを「冬来たりなば春遠からじ」と、まさに春が来る前のサインとして捉え活動を
始めるのです。
そして、春が訪れ、少しずつ気温が上がってくると、越冬芽は成長を再開します。
このとき、つぼみの中で増えるのがジベレリンという植物ホルモンです。
では、逆に「ジベレリンを与えてやれば寒い時期に芽を成長させ、開花を早める
ことができるのではないか」ということで、25℃に保った部屋の中で、サクラの枝を
ジベレリンを入れた水につけたり、芽をジベレリン処理したりする実験が行われ
ました。しかし、実験を1月中旬に行うと芽の成長が起こり、開花を早めることが
できましたが、12月中旬に行った場合には芳しい成果を得ることはできなかったと
報告されています。
日照条件か、低温条件の累積時間か、原因は判りませんがジベレリンが有効に
働くには、何か別の前提条件が必要なようです。
春を迎えた成長は完全に暖かさに依存しており、暖かい年に早く花が開くという
ことは、皆さんがご承知の通りです。
2001年に大阪府立植物園「花の文化園」で行われたソメイヨシノの早咲きへの
挑戦では、2月8日にビニールハウスで覆われた高さ約5.5mのソメイヨシノと、その
ハウスの中に入れられた3.5mの鉢植えのソメイヨシノが、見事に2週間後の22日に
開花しています。この年の大阪の桜の開花日は3月25日でしたので、暖かさにより
一ヶ月程度早まったことが判ります。
つぼみの形成から開花までの過程を紹介してきましたが、開花までの長い準備
期間と随所にちりばめられた工夫の巧妙さには、ただただ驚かされるばかりです。
今が盛りのウメ、そしてこれから咲き始めるサクラ等、花木を見る際に植物が成長
点での無限成長というメリットを放棄してまで手に入れようとしている遺伝的多様性
を獲得するための情熱を感じていただければと思います。
ただ、私たちにとって一番身近なサクラであるソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマ
ザクラというサクラの交配種で、しかも自家不和合性を持つため、接木でしか増やせ
ません。そのため、長い準備期間と開花を経て辿り着く種子がソメイヨシノの種子で
はないことは、何とも切ない感じがします。
(参考文献)
気象庁ホームページ 「過去10年間のサクラの開花日(1997?2006年)」
http://www.data.kishou.go.jp/app-met/sakura1997-2006.html
気象庁ホームページ
「さくらの開花予想(第3回)(北陸、関東甲信、東海、近畿、中国、四国、九州)」
http://www.jma.go.jp/jma/press/0703/20b/sakura2007_3.html
田中修 「つぼみたちの生涯」 中央公論新社 東京 2003年
田中修 「ふしぎの植物学」 中央公論新社 東京 2000年
酒井昭 「植物の耐寒戦略」 北海道大学図書刊行会 札幌 2003年
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