(連載15) 種子散布

逆瀬川 三有生



 春は新たな旅立ちの季節です。植物の種子もその分布を広げるために様々な
形で旅をします。植物が子孫を残すため、旅に送り出す果実、種子等を併せて
「散布体」と呼びます。今回は、そんな散布体の旅についてご紹介致します。

 まず、ご紹介するのが、散布する際に何にも頼らない自動散布(機械的散布)
です。これはツリフネソウ科、キツネノマゴ科、スミレ科、カタバミ科等々で見られ
る散布形態で、熟した果実がはじけるように裂け、その際の力を利用して中の
種子を遠くへ飛ばすものです。

 自動散布植物は、生きた細胞の膨圧が急激に変化することで起こる膨圧運動や、
乾燥した死細胞組織が収縮して果実を裂いたり、種子を押し出す乾湿運動などを
利用して、種子を飛ばす俊敏な力を得ています。一方、飛ばされる方の種子にも、
飛ばされるための力を生かすために重くなる、飛ばされる際の抵抗を少なくする
ため円盤形になる、はじき飛ばされる際に飛ばされやすいように光沢を持った滑り
やすい表面を持つ等、様々な工夫が凝らされています。

 自動散布による移動距離は、実際に飛んだ距離とその後に転がった距離を併せ
て測った実験では、草本植物でおよそ3m程度ですが、木製のマメ科植物である
ムラサキモクワンジュでは15mもの距離を飛んだという記録が残っています。

 また、種子の散布距離が種子の持つ遺伝子型により変化する例も報告されて
います。

 ツリフネソウ科ツリフネソウ属のキツリフネは、成長の度合に応じて、自家受粉を
行う閉鎖花と他家受粉を行うことのできる開放花をつけます。それぞれからできる
種子の遺伝子型は、自家受粉したものでは親植物と同じに、他家受粉してできた
種子では親植物と異なるものになります。そして散布の際に、親と遺伝子型が同じ
種子はほとんどが親植物の近くに散布されるのに対し、他家受粉によりできた種子
はより遠くへと散布されるのです。

 後述の風や水を使わない自動散布には、植物の思惑がよりストレートに出ている
ような気がします。

 ここからは、様々なものを利用する散布形態をご紹介します。

 散布には、以前ご紹介した動物を利用する動物散布の他に、風散布、水散布、
重力散布等が知られています。

 風散布は、その名の通り、風を利用した散布方法です。風散布を利用する植物
は、風に乗りやすい散布体を作ったり、少しの風でも揺れて種子を撒く華奢な植物
体を持つことで、種子を散布します。

 風散布植物の中でも特に飛ばされやすい種子を作るものは、より広範囲に散布
されることができ、風に乗ることができれば大陸間の移動も可能となります。ヨシ、
ガマ、セイヨウタンポポ、ノゲシ等は、ほぼ全世界で見られる普遍種もしくは世界種
の風散布植物ですが、これらの種もそのようにして広がったと考えられます。
しかし、風に飛ばされやすい種子は、なによりも軽くて小さい種子をつくることが要求
されます。そのため、胚の栄養が少なくなり、芽生えの定着率が低下してしまうという
欠点を持っています。また、風任せの散布であることから、必ずしも生育可能な場所
にたどり着けるとは限りません。そこで、「下手な鉄砲、数打ちゃ……」ではないです
が、小さい種子を多く生産することで、その欠点を補っています。

 風散布植物の種子には、風をつかみやすくするための工夫を凝らした「付属物」を
つけたものも多く存在します。

 前述のセイヨウタンポポやノゲシなどのキク科植物は、萼が変形した冠毛を上部に
つけた種子を作りますが、この冠毛は種子の落下速度を弱めて落下時間を長くする
ことに役立っており、風に運ばれる可能性を高めています。

 冠毛の代わりに羽を持った散布体もあります。カエデ科やシナノキ科、マツ科等の
植物は、プロペラの1つの羽根の取り出したような形の散布体を作ります。この散布
体は、落下時に回転したり螺旋を描くことにより、落下速度を抑えます。

 羽根を持った散布体の中には滑空するものも知られています。アジアの熱帯雨林
に分布するハネフクベは、長さ15cmほどのグライダー状で薄く大きな翼を持った
種子を持っています。そして、このグライダー状の翼を利用して100m以上も滑空する
ことができるのです。また、この種子の構造は、1900年代のドイツで尾翼のない
グライダーを設計する際に実際に参考にされ、このグライダーはやがて第一次世界
大戦中のドイツの航空機へと発展していったことも知られています。そのため、
今でも時々、小中学生などを対象とした科学教室などで、ハネフクベの種子を滑空
させる催しなどが行われており、目にされたことのある方もいらっしゃるのではない
でしょうか。

 風散布植物の散布体は空を飛ぶだけでなく、地面を転がるものも知られています。

 西部劇などで、枯れて丸まった植物が荒野を風に吹かれて移動していく様子を目に
したことはないでしょうか。

 アメリカ西部の砂漠に分布するバードケージプラントという植物は、枯れると四方に
伸びていた茎が丸まり、籠のような形に変化して風に吹かれ移動していきます。
そして風の届かない場所、すなわち生息に適した場所へ辿り着くと、籠の中についた
さやがはじけて、中の種が地面に蒔かれるのです。

 次に水を利用する水散布植物ですが、最も有名な例は、島崎藤村の「名も知らぬ
遠き島より流れ寄る椰子の実一つ……」の詩にもうたわれたココヤシの実ではない
でしょうか。

 海を越える植物には、他にも前述の風散布植物や動物を利用する動物散布植物
などがありますが、ココヤシなどに代表される海流散布植物の散布体は、それらの
植物に比べて大きめの散布体を作ることが特徴です。

 大きな散布体を作る一番の理由は、海水につかり長時間移動しても発芽可能な
状態を維持できるようにすることです。そのため、散布体は、水をはじく表面の毛
(グンバイヒルガオ)、海水の浸入を阻む内果皮(ココヤシ)や種皮(マメ科、トウダイ
グサ科、アオイ科などの海流散布植物)、浮きやすいコルク質や繊維質の果皮(ココ
ヤシ)や散布体内の空隙(モダマ属、アサガオ属、クズモダマ属、コガネヒルガオ属
等の海流散布植物)等々、様々な構造を備えているのです。

 実際に、これらの工夫がどの程度、有効に働いているのかを紹介しますと、ココ
ヤシ、モモタマナ、モダマの一種などは、少なくとも2年以上海水に浮いたままで
いられることができ、発芽能力では、ヒメモダマの種子が一年以上海水に浮かせた
後でも、発芽したことが報告されています。

 このように長時間海水に浮いていられる能力とその間も発芽能力を維持している
ことにより、海流散布植物は、その生息分布を拡大することができました。海流の
方向と海流散布植物の分布を調べたリドレーによりますと、東南アジアを起源とする
テリハボク、サガリバナなどの植物は、海流に乗り移動することで、東はポリネシア、
西は東アフリカまで分布を拡大したと考えられています。

 海流以外を利用する水散布植物には、雨水を利用するものと河川を利用するもの
があります。

 ユキノシタ科のチャルメルソウ属やネコノメソウ属など雨水を利用する水散布
植物は、熟すと刮ハが上向きに裂けるのが特徴です。刮ハが上向きに裂けること
で、雨が開いた刮ハ内に溜まりやすく、その水に種子が流されることで、親から
旅立ちます。そのため、種子の表面には水をはじき、短時間なら水に浮くことを
可能にする微細な突起が存在しています。さらに、降雨時には、雨水と一緒に土砂
が運ばれますが、この突起はその際に、ある程度の距離を移動した後は、もう流さ
れないようにする錨の役割も果たしているのではないかと考えられています。

 雨水を利用する植物、雨滴により種子がはじき飛ばされることを利用するものも
あります。アブラナ科グンバイナズナ属のタラスピ ペルフォリアトゥムという植物
では、種子が雨滴にはじき飛ばされて、約80cm移動したという例が報告されて
います。

 河川などの淡水の流れを利用した散布を行う植物では、ヒシやヒシモドキのように
刺や突起を持つ種子を作るもの、オニバスのように気泡を多く含んだ透明な袋状の
仮種皮を持つ種子をつくるものといったように、海流散布植物と同様に水に浮くため
の工夫を見ることができます。しかし、オニバスでは、2?3日で種子内に水が入り、
種子が死んでしまうなど、海流散布植物の散布体ほど長時間、水に浸かった状態で
生存することはできません。これは、淡水の流れはいずれ海に辿り着いてしまうた
め、水にあまり長い間、浮いていても発芽できないからと考えられます。

 また、突起や刺は浮くことに貢献していますが、雨水散布植物と同様、ある程度の
距離を移動した後に散布体を固定する錨の役割を果たしているのではないかと考え
られています。

 重力散布は、その名の通り、「重力に従ってただ落ちる」散布形式です。重力散布
される種子は大きく、重く、さらに熟すとすぐに落下します。種子が大きいことは定着
力を高めることに貢献はしますが、その反面、分布を拡大するためには適している
とは言えません。そのため、親植物の周りでその分布を確保するために行われて
いるのかもしれません。

 今回は、様々な植物の散布形式をご紹介しましたが、我々、ヒトも植物の散布に
関わっています。靴底や自動車のタイヤに付着した泥や輸入された穀物、飼料への
混入、土木工事の際の土砂などと一緒に運ばれる等々、人間が移動する際に種子
も一緒に移動しています。ヒトの活動が活発になるにつれ、移動も盛んになり、
一例を挙げますと、明治末期にはおよそ100種が帰化植物として知られていました
が、現在、その数は700種以上にも達しているといわれています。

 人の力を借りることにより、植物は自らの獲得した散布能力以上の距離を散布さ
せることが可能となりました。一方、散布体の到着先では生態系に与える影響が
懸念されます。在来種と侵入者との生存競争は、今の所、侵入者側に有利なよう
です。人の移動が活発になるとどこの国のどの町も全体的に同じようになってしま
うように、植生も均一化してしまうのかと考えると、少し怖いような、さびしいような
感じがします。

(参考文献)

中西弘樹 「海流の贈り物」 平凡社 東京 1990年

中西弘樹 「種子はひろがる」 平凡社 東京 1994年

中西弘樹 「漂着物学入門」 平凡社 東京 1999年

デービッド アッテンボロー 「植物の私生活」 山と渓谷社 東京 1998年


<<著者紹介>>


逆瀬川 三有生 (さかせがわ みゆっせ)

特定非営利活動法人 農学生命科学研究支援機構 理事 (博士農学)


Copyright (C) 2006 Miyusse SAKASEGAWA , Phyton-Cide Spread Center JAPAN

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