(連載5) 植物の不思議な世界 (4)

特別編 「初夏」

大平 辰朗



 春から夏にかけては森林が新緑に色づき、木々や葉からはさわやかな芳香が多く
発散され、森林浴にもっともよい季節であるといわれています。ここでいう芳香とは、
いわゆるフィトンチッドのことです。一言にフィトンチッドといっても、その作用や構成
物質の種類は多様です。詳しくは他のコーナーにゆずることとして、ここでは、森林
の空気に含まれるフィトンチッドの医学的な研究例を簡単に紹介したいと思います。

 松林の空気中からはαーピネン、βーピネン、ミルセン、サビネンなどのテルペン
類が検出されます。これらの生体への影響について国立環境研究所の小林博士ら
がαーピネン、βーピネンには気管および血管の平滑筋の弛緩作用があることを
報告しています。また、脳への影響として菅野らは脳の血流量をポジトロンCTを使用
して測定するシステムを用いて、αーピネンを吸入すると脳血流量が増加することを
見出し、さらに香りの種類の違いにより、血流量が増加したり、減少したりすることも
明らかにしています。

 行動の面では、神山らが睡眠中のマウスを約30ppbのαーピネンに暴露すると、
約50%が目をさますことを報告しています。山岡らはαーピネンがラットの性行動を
高める効果があることを報告しています。谷田貝らは森林内のαーピネン濃度に
近い0.01ppm付近の濃度でラットの運動量が最大になることを見出しています。

αーピネン以外では、Futamiらがメントール、チモールに血圧低下作用があること、
心泊数、呼吸数にはあまり影響しないこと、血管を弛緩させる作用があること、筋肉
の血流量を増加させることなどを報告しています。

 これら以外にも研究例は多くありますが、αーピネンをはじめとするモノテルペン
類は香料、刺激剤、去痰剤、利尿剤、消炎剤などに実際使用されており、経験的に
も生体に影響があることは予想できます。

 最近では、「みどりの香り」の研究で有名な畑中らが、テルペン類とは異なるいわ
ゆる青葉アルコールなどの青くさい香りのもとが人の気分をリラックスさせることを
見出しており、たいへん興味深いことです。

 森林の空気というとこれまでその代表的な物質としてテルペン類が取り上げられて
きましたが、今後は「みどりの香り」も含めた評価が必要ではないかと考えられます。

 森林の空気に存在するフィトンチッドの濃度はppt〜ppbの範囲であるといわれて
おり、それらの生体への刺激は非常に緩慢なものである可能性があります。

 近年の研究機器類の発達にはめざましいものがあり、森林の空気に含まれる
「みどりの香り」を含めた微量なフィトンチッドに関する知見はこれまで以上に明らか
になってくることでしょう。

 フィトンチッドを日本に普及させた1人である故神山先生の10年前の書籍には、
次のような記述があります。

 「人類は数十万年前、森林から発生してきたといわれています。厳しい自然に適応
 して生きてきたわけです。単に適応しただけでなく、微量なフィトンチッドは、人間に
 とってむしろ快適なものとして受け入れられるようになりました。そのため人間は
 微量なフィトンチッドを心をなごませてくれるものとして好むようになったんです。」

 この仮説は、森林と人間の関係というロマンに満ちたものであり、かつ、今後の
研究に必要なものを示唆した内容です。

 フィトンチッドのなぞはまだまだ奥が深そうです。


<<著者紹介>>


大平 辰朗 (おおひら たつろう)

農林水産省 林野庁 森林総合研究所 生物機能開発部 森林化学科

生物活性物質研究室 主任研究官


Copyright (C) 2000 Tatsurou OHIRA , Phyton-Cide Spread Center JAPAN

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