(連載6) 植物の不思議な世界 (5)

特別編 「晩秋」

大平 辰朗



 秋から冬にかけては森林が赤や黄色に色づき、私たちの目を楽しませてくれます。
紅葉の始まりは、冬支度を始めた木々の合図でもあり、季節感があります。

 フィトンチッドの発散量は、初夏に比べると少ないのですが、色とりどりの紅葉と
いった視覚を通じた刺激度という面では、むしろ初夏より心理的な効果が大きいと
考えられます。

 秋の季節感を感じさせるものは他にも多くあり、栗ひろいなどで訪れた雑木林の
枯れ葉や枯れ枝や土の匂い、昨今ではあまり見かけられなくなりましたが、公園や
山里などで行われていた落ち葉や枯れ枝などの焚き火の匂いなどがあります。

 一般的に人間の嗅覚は、他の五感に比べて、特にその時体験した記憶と密接に
関係していることが最近の研究により明らかにされています。

 いろいろなことを体験した時代の風景がそれらの匂いを嗅ぐことにより鮮明に思い
出すことができたといった経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

 ところが最近では、都市化が進み、道路はほとんど土ではなく、アスファルトで舗装
されており、夏場や雨の降った時などは石油系のいやな匂いがたちこめ、また室内
では建材などが溶剤系の刺激臭を伴うものが多く用いられ、健康を害すといったケー
スも増えており、懐かしい時代を思い出す機会がたいへん少なくなっています。

 都会に暮らす人達が森林を訪れると、気分が開放され、リラックスした気分になる
のは、木々の発散するフィトンチッド効果とともに昔体験した懐かしい風景を自然の
匂いや焚き火の匂いなどで思い出し、ほっとした気分にさせられるといった効果もあ
るのでしょう。

 「21世紀に残したいものとしては、何がありますか?」といった話題が昨年ぐらい
からよく取り上げられています。

 その中で匂いとして残しておきたいものも数多くあります。

 ある大学でのアンケートによると、残しておきたい匂いとしては、たたみのにおい、
ふとんをひなたに干したにおい、味噌汁の匂いなどが多く、日常のなんでもない心
休まる匂いが選ばれており、さらにこれらの日常生活の匂いと同じくらいに、土の匂
い、季節感を味わわせてくれる田園の匂い、雨の匂い、川の匂い、海の匂い、森林
の匂い、焚き火の匂い等が好まれているそうです。

 これらはいずれも自然の匂いであり、それらを体験した時代の貴重な記憶を思い
出させ、その結果、ある種のやすらぎ感が得られることになると考えられます。

 自然の匂いは、人工的に作り出すことは困難ですが、人工的に保存していくことは
可能です。

 21世紀に残したいものとしては、ハイテク技術等も必要でしょうが、自然の匂いが
得られる様々な自然そのものも、かけがえのないものとして大切に残していくことの
方が我々人間にとってもっと重要なのかもしれません。


<<著者紹介>>


大平 辰朗 (おおひら たつろう)

農林水産省 林野庁 森林総合研究所 生物機能開発部 森林化学科

生物活性物質研究室 主任研究官


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