(連載8) 紅葉と黄葉の話

松井 直之



 秋になると葉の色を赤や黄色に変える木々があります。葉が役目を終えて落葉と
なる直前に鮮やかに変色して私たちの目を楽しませてくれるのです。この舞台裏で
は一体どのようなことが起きているのでしょうか。

 落葉とは、寒い季節を迎えた際に、葉を付けたままではそこから得られるエネル
ギーよりも葉を維持するために消費するエネルギーの方が多くかかってしまうのを
避けるために起こる現象です。翌年新たな葉を生み出すための労力を差し引きして
も、今ある葉を一旦処分してしまう方を選ぶ、というのは服飾店が季節の終わりごと
に在庫処分を行って商品を入れ換えるのに似ているかもしれません。

 イチョウやポプラなどの黄葉、これは実は元々葉に含まれていたカロチノイド系の
黄色の色素によるものです。秋の始めあたりまでは葉緑素クロロフィルの強い緑色
に隠れてしまっているので目立ちませんが、気温が低くなってくると落葉の準備ととも
にクロロフィルの分解が始まります。これに対してカロチノイドは分解がよりゆっくりと
進みますので、クロロフィルの緑色が消えると今まで隠れていた黄色が現れるわけ
です。葉とは違いますが、ミカンの実が最初は緑色をしていたのに次第に黄橙色に
変化するのもこれと同様の現象です。

 これに対してカエデ類の多くのように赤く色づく葉では、違った変色のしくみが働い
ています。ここにも元々カロチノイドは含まれていますが、これらの樹種の葉では
クロロフィルの分解とともに新たに赤いアントシアニン系の色素が大量に作られる
ために、カロチノイドの色と混ざって鮮やかな赤色から橙色を呈するようになります。
紅葉した樹木でも同じ葉の中で赤い部分と黄色い部分ができていることがあります
が、これは何かの原因でアントシアニンの分布に偏りが生じたために一部でカロチ
ノイドの色だけが現れているのです。

 では、これら紅葉する植物がわざわざ落葉前の短い期間のみに赤い色素を作り出
す理由は何なのでしょうか。古くからそのことは謎とされてきましたが、最近になって
興味深い仮説が提唱されています。ご紹介しましょう。

 秋になって気温が下がってくると、落葉植物の葉ではだんだんとその代謝活動が
低下します。葉が落ちる前にそこに含まれる養分のうち再利用できるものはできる
限り回収してしまう一方で、格好のゴミ捨て場として老廃物が溜まります。葉の光合
成の場である葉緑体も分解が始まり、その核となるクロロフィルが殻の中から出てき
ます。このクロロフィルも先に述べたようにやがては分解されるのですが、実はそこ
までの時間差が大問題であるらしいのです。

 ご存知の通り、葉緑体では光をエネルギー源として水と二酸化炭素からブドウ糖と
酸素をつくります。ところが葉緑体の構造からその中心的存在であるクロロフィルだ
けが外に出て光を受けるとエネルギーを吸収した励起状態になり、周辺に存在する
酸素に直接働きかけて非常に毒性の強い活性酸素(一重項酸素)をつくり出してしま
います。活性酸素の作用で葉の細胞の構造が壊されると(光酸化障害と呼びます)、
葉に残る栄養分の回収作業の能率が大幅に低下してしまう危険性があるのです。
回収されるべき養分は翌年の春にまた新しく葉を出すためにとても重要です。何とか
してクロロフィルの暴走から葉の細胞を守らなくてはなりません。

 ところで、光合成を行う上で最も効率の良いのは青色の光です。逆に言えば青色
の光をクロロフィルから遮ってしまえば、活性酸素生成の危険性は低くなります。
ここで登場するのがアントシアニンです。アントシアニンは青色の光をよく吸収して
クロロフィルの励起を抑制する結果、赤く紅葉した葉では強い光を当てたときに
光酸化障害を受ける程度が黄色の葉よりも低いという実験結果が出ています。

 つまり、紅葉する植物は葉緑体の構造が分解されるのと前後して葉の細胞にアント
シアニンのカーテンを張り巡らして、クロロフィルに強い光が当たらなくするという手段
を身につけたのだ、と考えることができるのです。

 ただし、春から夏の間はアントシアニンが葉の中にあっては光合成の能率が落ちて
成長の邪魔になってしまいますから、光合成活動のほとんど終わった秋になってから
一気にアントシアニンが合成されるのだと思われます。

 美しく色づいたカエデの樹はまさに日本の秋の風物詩と言えるでしょう。その赤い
色には華やかさの中にも落ち着いた穏やかなものさえ感じられますが、実は植物に
とっては葉が散る直前に繰り広げられる光との静かなる攻防の現れなのかもしれま
せん。情熱の赤、と言ったところでしょうか。


(参考文献)

ピーター・トーマス著、熊崎実他訳「樹木学」築地書館(2001)

T.S.Feild 他,
"Why leaves turn red in autumn", Plant Physiology, 127, pp.566-574 (2001)

<<著者紹介>>


松井 直之 (まつい なおゆき)

独立行政法人 森林総合研究所 樹木化学研究領域 樹木抽出成分研究室


Copyright (C) 2003 Naoyuki MATSUI , Phyton-Cide Spread Center JAPAN

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